歯車はキシキシと音を立て
「沖田さん」

「なんでィ」

「暑くないんですか?」

「まあ、多少は」

「その服、見るからに暑いです」

「馴れるとそうでもねェですぜ。着てみやすか?」

「結構です」



幕府の狗の証なんて、願い下げだ。




***




うだるような暑さに、寝返りをうつのも億劫で、畳の上に転がりぼんやりと天井を眺める。
4方開け放した障子と襖を生ぬるい風が吹き抜ける。

謎の傷を負い、見知らぬ場所で見知らぬ男達に囲まれ目を覚ましてからそろそろ2週間が経とうとしていた。
見た目通り決して浅くは無かった傷も、後は自然治癒を待つだけだ。

まだ動かすと痛むが、行動に支障は無い。













逃げなきゃ






      もう逃げなくていい










頭の中で相反する声がする。

あんなに急き立てられていたのに。
見張りは付けられていない。
いつでも逃げることは出来る。

だがあんなに親身になって世話をしてくれた人たちに何も断らず出てっていいものだろうか。

一宿一飯の恩は忘れるな。
借りは必ず返せ。

そう師匠に教え込まれたから?


(違う。あの男への恐怖はそんなもので抑えられるようなものじゃなかった)


「逃げなきゃ」と思うのに「ここは平気」と誰かが圧し留める。


あの沖田という男。

いくら優しくしてくれたって、当たり前のように面倒見てくれたって、彼は、彼等は幕府の人間。
私から両親を奪ったやつらだ。
だけど幕府は『あの男』の敵。
敵の敵は味方?


そんなに都合よく行くわけが無い。


世界はもっと残酷だ。








それでもここを出て行くのを躊躇わせるのは――――――












***





屯所、会議室。


大規模な捕り物を控え、珍しく真面目に話し合いが行われていた。

監察の最終報告が終わり、各隊の分担を確認すると場は解散し各自隊務に戻って行った。


そして部屋には、もう一つ真選組が抱える問題、すなわち記憶喪失の拾い物に関係する面子が残る。



「小娘の様子はどうだ?」

「相変わらずでさァ。今の所脱走する様な気配はありやせん」

「意外だな。あの様子じゃ動けるようになったら速攻逃げて行きそうだったのに」

「そこは俺の人徳でさァ」

「誰のだ。隊務サボりまくりやがって」

「俺がいない間に隊士の誰かがに手ェ出さねーか心配で仕事どころじゃねェんでィ。今に何かしたらそれこそ速攻逃げ出しまさァ」


「誰も何もしませんよ。ご存じないかも知れませんけど、ちゃん沖田隊長がいないところだと凄い殺気振りまいてんですよ?」

「そりゃ結構じゃねェか」

「何言ってるんですか!あんな調子じゃ・・・・・・」


沖田の努力の甲斐あって、は沖田には比較的良く懐いた。
あくまでも比較的。
比較対象である他の隊士が受けている仕打ちを考えると、懐いているとは言い難い。
しかし言う事は聞くし、側に居ても怒らない。
他の隊士、沖田の次にの面倒を見ている山崎に対してすら、いたたまれなくなる様な警戒心を向けて来る。
なまじ以前のを知っていて、危害を加えるつもりなど毛頭ない山崎はどうにもならないその態度に悲しさすら覚える。


もともと好意を持たれていたとは言えない。
だがここまで嫌われてはいなかった。


「こんな状況じゃ、彼女をおいて屯所を空ける訳にはいきません」


捕り物の日、屯所はわずかな留守番組を残し、ほぼ無人となる。
そんな所に手負いの少女一人置いて出かける事など出来るだろうか。

侵入者に襲われる心配をしているのではない。
一同はが、隙をついて逃げ出してしまう事を危惧していた。
純粋にの事を心配している沖田とは別に、山崎と土方にはもう一つ気掛かりな事があった。

それは高杉の関与。

が逃れようとしているのは高杉なのか。
もしそうだとしたらその関係は?


「それについては手は打ってありまさァ」





***





「よぉ、ちゃん。こんな不良警官に囲まれて怖かったね〜。もう銀さんが来たから大丈夫だからな〜」

「・・・・・・誰?」


沖田の講じた対策。
それは信頼の置ける人物にを預ける事。

真選組の主だった戦力は皆仕事で出払ってしまう。
留守番組も決して弱くない。
しかし安心して任せられるほど強くも無い。

その点、銀時は適任だった。

副長の土方にも勝ってしまうほどの実力。
そして、何よりも、銀時はに不利になるようなことはしないと沖田は確信していた。

沖田は確信していたが、問題のは突然表れた覇気の無い天然パーマに不信感を顕にしていてる。



「万事屋銀ちゃんだよ〜。あんなに一緒にパフェ攻略したじゃん。まさか忘れたとか言わないよなァ?」

「・・・・・・銀ちゃん?」

「旦那ァ、は記憶喪失って訳じゃなくて、頭ん中が11歳になってるだけでさァ」

「『だけ』って事ァねーだろ」

「だから11歳のが旦那を知らなかったら覚えてる訳ねェでさァ」

「だからって俺を忘れていいって事にはならねーだろ」

「・・・・・・あなたも、あたしの知り合い?」

「・・・・・・」

「・・・・・・ほーら見なせィ」


記憶が退行しているが、銀時だけを覚えている道理は無く、当然彼女の中では初対面だ。
初対面なのに馴れ馴れしいと一瞬引いたが、目覚めて以来黒ずくめの真選組に囲まれていたにとって、白い着物にふわふわした銀髪の青年はいい好奇心の対象だった。



「・・・・・・洞爺湖?」


何故か『洞爺湖』と彫られた木刀も目を引いた。

どうしてこの男は真選組の屯所内で、木刀とはいえ、帯刀しているのだろう?



「ん?ああ。これはなァ、昔修学旅行で洞爺湖に行った時仙人に貰った「仙人に会ったの!!??」


銀時がお決まりのホラ話を始めるとは胡散臭そうに眺めていた目を一転、キラキラと輝かせて食いつく。
これまでにここまで本気で信じてくれた人はいなかった為、そんな反応に銀時も細め、更に調子に乗る。


「おお、そうよ。あれは絶対ェ仙人だった」

「名乗らなかったんですか?じゃあ仙人か分からないじゃないですか」

「いいや、あれは仙人だった。おめェ、自己紹介のとき「人間です」とか言わねーだろ?それと一緒だ。ホントの仙人は自分で仙人って名乗んねーもんだ」

「へえー」


胡散臭さ満載の話をは真剣に聞き入っている。
本当に信じてしまったその様子に、隣で見ていた沖田は唖然としていた。
というより、いきなり打ち解けた2人が面白くない。

こんな風に雑談をしてくれるようになるまで自分はどれくらい掛かっただろう。
それが、この男はいとも簡単に。


気に入らないし、ムカつく。
しかし引き合わせたのは自分。


、そういうことなんで今日はこの人と留守番してて下せィ」

「・・・・・・え?」


突然言い渡された言葉に、の目が丸く開かれる。 


「俺たちは今晩出かけなきゃならねーんでさァ。この人、見た目はこんなんですが腕は確かでィ。ちなみに職業は何でも屋なんで払うもん払えば何でもしてくれやすぜ」

「なんで留守番?出かけるんですか?」

「お仕事でさァ。帰るのは明日になると思いやすから適当に休んでて下せィ」

「え・・・・・・―――」


一瞬機能を停止した脳が働きだす前に、沖田を呼ぶ声がする。


「沖田隊長ー、どこですかー?集合始まってます!」


「おっと、もう時間ですかィ。じゃ、。いい子で待ってるんですぜ」

「待っ―――」


が何か言おうとするのを許さず、沖田は声に呼ばれて出て行ってしまう。
立ち去り際にぽんっとの頭を撫で、銀時と視線を交わして。




後書戯言
銀さん登場。
07.03.27
前頁     目次     次頁

Powered by FormMailer.