誰そ彼は、昼と夜の間に
「ほら、ちゃん目瞑って」
「嫌です」
「もう、痛いのはちゃんだよ?」
顔をつき合わせて15分。
記憶があろうと無かろうと、俺のことは嫌いらしいちゃんは未だかつて無いほど近づいた俺の目を鋭くに睨む。
内面は幼いはずなのに、今のほうが眼光が鋭いのはなぜだろう?
とても11歳とは思えない。
もっとも、外見は変わっていないわけで、11歳のころのちゃんがどんな風貌だったかは知らないけど。
「―――山崎ィ、てめ、いい加減にしとけよ?」
机を挟んだ向こう側で頬杖をつき、俺の作業を眺めていた沖田さんが危険な感じの声色で制止の声をかける。
「あ、いや、だって沖田さん・・・・・・」
「問答無用」
なら俺に頼むなよ・・・・・・。
相変わらず暑い真夏日。
今日もちゃんの記憶は戻る兆しを見せない。
だけど2人の関係は、わずかずつながら進行しているようで、今日は夕方から2人で出かけるらしい。
今のちゃんにとっては初めての外出。
依然として外出を拒む彼女の首を縦に振らせるまで一悶着あったが、沖田さんのしぶとい説得でちゃんの方が折れた。
どうやら沖田さんを完璧に保護者と認識したらしいちゃんは、滅多なことでは逆らわなくなっていた。
ちょこちょこと沖田さんの後を追う姿は微笑ましい反面―――すごく、切ない。
見ていてもどかしくなる、亀の歩みのごとき関係。
今はいい感じに落ち着いているが、いつ何時、この空気が崩れるか分からない。
それは沖田さんの暴走だったり、ちゃんの拒絶だったり。
「今、なんか失礼な事考えてなかったかィ?」
「いいえ、滅相もない」
なんだこの人は。
エスパーか?
外出を怖がるちゃんに、変装すれば大丈夫と言い聞かせたのは沖田さん。
だけど肝心の沖田さんにきちんと変装させる腕は無く、監察の俺に回ってきた。
(沖田さんたちのは変装じゃなくて仮装だもんな)
これまでちゃんは、沖田さんが勝手に彼女の家から持ち出してきたいつもの男物の服を着ていた。
それを女物の着物に替えるだけで驚くほど別人のようになるから女の子は不思議だ。
それにしてもこの着物・・・・・・どこから持ってきたのか、沖田さんの選んだのであろう淡い桃色の着物は、意外にもちゃんに良く似合っている。
ちゃんもいくつか着物は持っていたけど、このミニは絶対彼女の趣味じゃない。
普段の袴姿からは想像も出来ない。
襟元や袖口から覗くフリルがこんなに似合うなんて。
というかちゃんの人となりを知っていてあえてこの服を与えようとは思わない。
「何やらしい目で見てんでィ」
「誰もそんな目で見てませんよ」
「ジロジロ見てねーでさっさと済ませろィ」
早く済ませたいのは山々。
前に座るちゃん、机を挟んで向かいに座る沖田さん。
両方から放たれる殺気から一刻も早く開放されたい。
でも肝心のちゃんが、頑として目を閉じることを拒み、お陰でメイクが完成しない。
もともと黒目がちで大きな目。
マスカラをあとふた塗りもすればお人形さんみたいになることは必至。
「ちゃ〜ん、5秒で良いから目閉じて」
「い・や」
「〜さっさとしろィ」
「・・・・・・」
***
やはり沖田さんの鶴の一声で、大人しくきっかり5秒目を閉じてくれたちゃんは、無事お人形さんに―――じゃねぇや、ともかく、一目どころかじっくり見たって分からないくらい別人に仕上がった。
あの『』がこんな格好をしているわけが無いという先入観のなせる部分も多々あるけど。
もともとふわふわした髪もきつめに巻いて半分アップにして、さらに印象が変わっている。
いや〜、俺の腕も捨てたもんじゃないな。
「ねえ、沖田さん」
「なんですかィ?」
「あそこの電柱の影―――」
物陰からこっそり尾行していたはずの俺を、5割り増しの睫毛に縁取られた目が捉える。
しっかりとこちらを見据えて逸らさない。
「・・・・・・ああ、アレ一応護衛だから。あんまジロジロみんなィ」
あきれ果てた声音でそういうと、沖田さんはちゃんの手を取りさっさと歩き出す。
振り向きざまに(もっと上手く隠れとけ)と脅迫めいた視線を送って。
俺が悪いんじゃなくてちゃんの勘が良すぎるだけなのに・・・・・・
「どこに行くんですか?」
「別に」
「・・・・・・無駄足」
「違ェやす。デートですぜィ」
「デート?」
「だから気の向くままに歩いていけば良いんでさァ」
「・・・・・・それデートじゃない」
「デートですぜ」
「どこに行くんですか?」
何だこの会話。
「なんであたしと沖田さんがデートするんですか」
「疑問系ですらねェのか・・・・・・?別に良いだろィ。お兄さんだってたまにはカワイコちゃん連れまわしたいんでィ」
そんな理由で俺は遠巻きに覗きまがいの護衛をさせられているのか。
「そういうのはそういうお店の方に頼んでください」
「お前ェ、ホント昔からそういう発想だったんだなァ」
「昔から?」
「同じ様なこと、4年後も言うぜ。そりゃぁもう口癖のようになァ。今から覚えとけィ、そんな商売ねェっつーの」
「・・・・・・だってそんな安い女になるなって師匠が言ってた。カワイイドコロは見た目だけカワイイ子に任せておいては別のところで価値を発揮しろってさ」
「・・・・・・ああ、なるほどなァ。そういう経緯だったんですかィ」
「そうですよ、だからもっと可愛くて愛想のいい人調達してください」
「調達ってのが既に女の発想じゃねェよ。汚れた大人の発想でィ」
「大人に限らず生きとし生けるものはみな平等に汚いんですよ。外面は完っ璧な師匠だって家の中ではもう・・・・・・いやいやアレはねーだろ、うん」
「・・・・・・お前ェの師匠ってどんな人だったかすげェ気にな「教えないよ」
「「・・・・・・・・・・・・」」
沖田さん頑張って!
ちょっとした通りに出て、周りにはそこそこカワイイお店もあるのに2人は脇目も振らずしゃべったまま。
それも内容はなんかアレだし。
ちゃん帰りたい空気バンバン出してるし。
唯一の救いは、2人の手がしっかりと繋がっていることだけ。
平坦なテンションのまま、2人は少し賑わった公園に出た。
「縁日?」
「ああ、お前ェずっと引き篭もり生活だったからなァ。夏といえば縁日だろィ」
「違うと思う」
「違いやせん。なんか欲しいもんありやすか?50円までなら奢ってやらァ」
「50円・・・・・・けち」
「冗談に決まってんだろ」
そこは夏の間ささやかな屋台が出される広場で、祭りの雰囲気とは程遠い、だけど隣の通りとは明らかに雰囲気が異なる空間だった。
夏中開いているお陰で特に混雑もしないから本物の祭りよりは安全だろう。
代わりに特に目立った屋台も無いけど。
あ、たこ焼きだ。
***
「たこ焼きとか焼きソバとか食べやすか?」
「お夕飯食べられなくなりますよ」
広場に入ったはきょろきょろと興味深そうにあたりを見回している。
やはり子供だ。
発言は子供らしくないが。
「金魚すくいありやすぜ」
「食えない魚獲ってどうすんですか」
ホントに子供らしくない。
「はぁ・・・・・・お前ェ、ちったァ楽しもうとか思わねェ?」
「楽しむ・・・・・・なんで?」
「なんでって、一応デートだろ。奢ってやるってんだからいらなくっても欲しそうにしろィ」
「なんですかそれは・・・・・・――――――あ、もしかして」
「なんでィ」
「奢りたいんですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
ホントに子供らしくない上、可愛らしくも無い。
あの捕物の日以来、徐々に素が出てきたのかはたまた記憶が戻りつつあるのか、言動が以前のを思わせるものになってきた。
願わくば後者であって欲しい。
だけどそんな都合のいい事はありえない。
放っておいて、徐々に戻ってくるものだったらどんなにいいだろう。
くんっ
ふと腕を引かれる感覚。
振り向くと、は1つの屋台の前で立ち止まっていた。
「どうしたィ?―――あ・・・・・・」
が目を留めたのは、氷屋だった。
冷たい手で心臓を撫でられた気がした。
あの日、彼女が出していた出店も氷屋。
もしかして記憶が?
期待と不安が混じって渦を巻くが、盗み見た顔に特に変化は無かった。
「食べやすか?」
「・・・・・・別に・・・」
素直じゃない言葉に苦笑する。
素直に甘えて置けばいいものを。
『』なら食べていいかと尋ねるまもなく勝手に注文していただろうに。
(比べるな)
勝手に浮かぶ思考を戒める。
心のうちを悟られないよう、誤魔化すように繋いだ手を引き屋台へ近づく。
「おやじィ、抹茶ミルク1つ」
「あいよ」
代金を払い受け取ったカップを渡すと、きょとんと見開いた目が「なぜ?」と問うて来た。
「好きだろィ?抹茶」
「・・・・・・うん。・・・ありがと、ございます」