図らずしも、更衣室の暖簾をくぐったのは同時だった。

 犬猿の仲と呼ぶにふさわしい2人、神楽と沖田は顔を合わせた途端に、目に見えそうな程の火花を散らし合った。いつもならこのまま器物破損を伴った肉弾戦へと突入しそうなものなのだが、今日の2人は違った。
 沖田はいつも以上に殺気のこもった視線を突きつけていたが、神楽は何やら勝ち誇ったようにふふんと鼻で笑って見せたのだった。その態度に沖田のこめかみに青筋が浮かんだ時、女湯の暖簾が再び揺れた。
 出てきたのは当然。のぼせ気味で気だるげな様子に何とも言い難い色気が漂っていた。


(ていうか浴衣!かわっ・・・・・・・って俺キモっ)


 備え付けの浴衣に身を包みまだ濡れた髪は無造作に垂らしたまま手拭いでパタパタと火照った頬を扇ぐ姿はどこから見ても女の子で。普段の少年のような格好にはもともと確固たる理由があるわけではなく、動きやすさを追求しての服装だ。自身自分の格好にはとことん無頓着なため、男湯の出入り口で立ちすくんだまま頬を染める沖田を湯あたりでもしたのだろうと思っていた。

 温泉と言えば湯上がりのフルーツ牛乳である。
 浴場に隣接された小さな売店へ向かう。


「神楽。奢ってやる」

「んな!?」

「イヤッホーゥ!!マジでか!?太っ腹ネ!」


 意外すぎる言葉に驚く沖田。
 喜ぶ神楽。


「マジでか。わりーなァ。銀さんはいちご牛乳なー」


 タイミングよく現れた銀時までもが便乗してきた。
 風呂上がりなのに疲れ果てたように青い顔をしているのは何故だろうか。
 沖田に斬りかかられ憔悴しているからだが、そんな男湯の攻防を知らないはきっと運動すると顔が白くなるタイプなのだと勝手に納得した。


「子供だけですー」

「子供扱いは止めるアル!」

「じゃあいらねーんだな」

「やっぱウソアル。まだまだガキネ」



「なになに、どうしちゃったのあの2人」

「さあねィ・・・・・・こっちが聞きてェや」










◇◇◇









 それからというもの、は神楽に占領され通した。
 夕食こそは一緒に、と声をかける前に万事屋に連れて行かれ、団体客である真選組からは遠く離れてしまった。
 しかも席順の所為で沖田の位置からはの背中しか見えない。
 隣に陣取る神楽は上機嫌に笑顔を振りまいているし、対面に座る万事屋店主は勝ち誇った顔を向けてきていて、普段眼中に無い地味なメガネまでがいやらしくにやけきっている様に見えた。
 イライラに酒も食事も進まない。
 だから銀時と神楽が机を挟んだおかずを巡る攻防戦を期にが席を立つと、すぐに後を追った。









◇◇◇









 人気の無い廊下をペタペタ歩くにはすぐに追いついた。声もかけず腕を掴み立ち止まらせると、やや引きつった顔が振り返る。


「なんだよ。びっくりするなぁ」

「・・・・・・どこ行くんでィ」

「寝る前にもうひとっ風呂浴びようと思って」

「奇遇でさァ。露天風呂行こうぜィ」

「やだよ。ひとりでゆっくりする」


 は純粋に温泉をゆっくり楽しみたいだけだった。
 だがそう言った途端、体が反転したかと思うと背中に衝撃が走った。
 ついでバンっと高い音をさせ、顔の真横に腕が叩きつけられた。
 じん、と耳が痛む程の振動。
 その名残も消えないうちに、低く押さえた声で囁かれる。


「風呂で裸のお付き合い、布団で身体の語り合い、どっちがいい?」


 なぜそんなに風呂に拘るのか。
 二択を迫られたは頬をひきつらせ、だが即答した。


「裸のお付き合いでお願いします」












◇◇◇











 なぜそんなに混浴にこだわるのか。男のロマン、というか沖田の考えは時々理解が出来ない。きっと向こうも同じように思っているだろうが。
 付き合えばアイスの一つ二つ奢ってくれるかもしれない。売店には破亜限堕津も置いてあった。
 よし奢らせよう。定番は緑茶味だけどいちごのヤツも美味しそうだ。自分で買うなら間違いなく前者だが。せっかくだから両方買ってもらおう。仕方がないから沖田にはスタンダードなバニラでも奢ってやるか。
 それはすでに奢りではないことからは目を逸らしながらテキパキと浴衣を脱ぎ捨て、生乾きの髪はおだんごにまとめ、バスタオルで体をくるむ。
 そしてふと気がついた。
 一緒に風呂なんて別に初めてではない。ただあの時は2人とも思いっきり服を着ていた。バスタオル一枚のなんと心許ないことか。
 しかも湯船にタオルを入れてはいけないのではなかっただろうか。
 この薄い布が唯一の砦。取り払われたら最後、お風呂で裸のお付き合いを通り越して身体の語り合いをされそうだ。

 それは望むところではない。

 しかしの頭に「逃げる」という選択肢は浮かばない。
 意を決して風呂へ、つまり外へと続く引き戸を開ける。









◇◇◇









 途端に吹き込んでくる冷気に思わず悲鳴を上げる。
 室内は暖かいし、さっき神楽と入ったのは内風呂だったから忘れていたが、外には雪が積もっている。  つまりは氷点下なのだ。湯船から立ち上がる湯気に辺りは真っ白だった。一瞬にして沖田の存在は脳裏より消え去り、手早く掛け湯を済ませて湯船に飛び込んだ。


「うわっちちち・・・・・・あり?あんま熱くない」

「なにひとりでしゃべってんでィ」

「うひゃあ!?」


 すっかり沖田と待ち合わせていたことを失念していたは、間近で聞こえてきた声に飛び上がった。わたわたと声から遠ざかろうともがくが、いち早く逃げようとする気配を察知した沖田は肩をガッチリと掴み、逃がさない。
 素肌に触れる掌の感触に、の顔はお湯の熱さとは違う何かで赤みを増し、硬直したまま動けなくなった。
 一方、掴んだ沖田もその予想外な細さに固まってしまった。
 片手に余る厚さ。吸い付くような滑らかな肌に浮いた骨の感触が生々しい。暖かいのはお湯の所為だけだろうか?緊張し、ぴくぴく震える感触に邪な感情が膨れ上がる。繊細すぎる造りの生き物。当たり前だが屯所にこんな造作の人はいない。少し力を加えたら簡単に壊れてしまいそうなソレは、いっそひと思いに壊してしまった方が安心する気がした。


「っ・・・・・・総悟?ちょ、放して?」


 きゅぅっとすくめた首を微かに巡らせ、背後にいる沖田に懇願する。うっすら赤らむ頬や、微かに潤んだ瞳は見間違いではないはずだ。


「わ、わりィ」


 劣情と言うには破壊的すぎる感情と内心戦っていた沖田は、その声に我に返り、掴んだままだった肩を解放する。そんなに力を入れてはいなかったはずだが、くっきりと赤く残る指の形に一層かき立てられ、慌てて背を向けた。
 凄まじい圧迫感が肩から消えようやくは息をつく。
 でも後ろは振り返られないまま。ドキドキと理由の解らない鼓動が口から飛び出して来そうだった。
 服を着た状態なら肩に触れるどころかもっと体当たりなスキンシップだって日常茶飯事だというのに。

 裸の肩を掴まれたくらいなんだというのだ。
 手と手を握り合うのと大差ないではないか。

 それもこれも全部沖田がいけないのだ。過剰に混浴にこだわってたからどんなハイテンションでこちらをドン引きさせてくれるのかと期待していたのにこの体たらくだ。こんなに緊張して思考が働かないのは沖田のソレがお湯を伝って伝染してきたのだ。
 説明の付けられない感情をはそう結論付けた。
 ザバザバと湯船の縁にある注ぎ口から温泉が足される音だけが響く。

 はぁ、と大きくため息をついたのはどちらからだったか。



「あーっ、もうっ!」

「なんでィ」

「バカみてー!なーんで温泉入ってこんな固まってなきゃなんねーんだよ」

「・・・・・・同感でさァ」

「・・・・・・とりあえず、キミこっち見んなよ?なんか良くないことが起こる予感がする」

こそ、覗くんじゃねェぞ」

「いや覗くとか無いから。おかしいから」


 緊張感は長くは続かなかった。
 ペースの取り戻し方を心得ている2人は、互いにそれまでの沈黙など無かったかのように振る舞う。 いつものような軽口の叩き合い、なんとか場に立ちこめる空気を一掃した。
 約束通り後ろは振り向かない。
 ふと視線を湯船から空へ移せば満天の星空。江戸では考えられないほど澄んだ空気に、 瞬き一つ一つさえはっきりと見えるようだった。
 ド田舎だった故郷を思い出し、思わず見入っていると、同じ様に空を見上げ反り返って来た沖田と背が触れる。
 ぴくりと震えが走るが、が動く前に沖田は無関心を装い、一層体重をかけた。触れ合う面積が広くなる。触れ合った肩を、今度は拒絶しなかった。
 こてん、と肩に頭が乗せられ、垂れた後れ毛が貼りついてきて。ずるいと言わんばかりに沖田もの方に頭を乗せる。ドキドキと乱れきった心音は中々治まりそうにない。
 お互いの肩に頭を預け、降り注がんばかりの星空を見上げる。


「チャイナと仲良くなったみてェだな」

「仲良く・・・・・・?あー、まあ、そこそこ?」

「・・・・・・平気なのか?」

「あは。お節介だなぁ・・・・・・だってあの子可愛いんだもん」

「可愛い・・・・・・そうか?」

「可愛いよ。必死さが」


「・・・・・・そっち向いていいですかィ」

「ダメ」


 会話に紛れさせた言葉は瞬殺される。
 確かにと向かい合って何もしない自信はない。
 だけどせっかく2人きりなのに、背中合わせで遠い星空と対面している状況にも飽きてきた。
 しかし、警戒心の強いはなかなかそれを許さない。基本的に無防備だが、一度失敗したり危機を感じたあとのは野生のスズメ張りの警戒を見せる。自業自得とは言え、深いため息が沖田の口から漏れた。
 色々失敗している気がする。それもこれもチャイナの所為だ。自分ばかりと仲良くなりやがって。
 言いがかりも良いところだが、そんなことを沸々と考えていると、右手にお湯以外の感触を感じた。


「!?」


 無言で背後から回された手は偶然ではなく、確かに沖田の掌を捉えていた。背中向きでの自然な体勢で指と指が絡み合う。
 口から心臓が飛び出そうになった。
 は何も言わない。
 ちらりと視線を投げると覗く肌が朱に染まっているのはお湯の所為だけだろうか?

 声を掛けたり、こちらから動いてはいけない。
 野生動物が近寄ってきてくれたときの様な高揚感に思わず息を潜めてしまった。

 広い露天風呂は貸切。
 恋人(未満)と2人きり、背中合わせで手をつなぐ。
 沖田の目的は、少し思惑と違う形で、だが確かに達成されたのだった。


((ヤバい。上がるタイミングが掴めねー))

後書戯言
私は、満足です。
08.06.01
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