22.鎖の鎧、唇の剣
道行く人のざわめきに振り向くと、目に入ってきたのは往来の真ん中でツインテールのかわいい女の子に鎖を付け、さらにその上草履の裏を舐めさせている男の姿。
ものすごく見覚えのある顔。
多少邪悪に歪んでいようとも見間違えるハズがない。
引きつる頬を意識しながら元の方向を向き直す。
あれ?私何してるところだっけ?
今日のバイトは・・・・・・ああ、その帰り道だっけ。
動揺する中ただ1つ。
「あの男とは縁を切ろう」という意志だけがはっきりと主張していた。
◇◇◇
「ぅぃ〜っす。ー腹減っうおっ」
脳天気な声とともに家に入ってきた変態に鋼線を投げつけるが、さすがと言うべきか、危なげなく跳ね返される。
「いきなり何すんでィ」
おまえが何してたんだ。
無言で中断していた作業に戻る。
散乱した着物や小物を乱暴に、だが小さな鞄にきちんと収まるように詰め込んでいく。
歯ブラシやなんかはどこででも買える。
多少の出費は致し方がない。
本当に大切なものは肌身離さず持っているから、着替え以外で必要なものは、改めて考えると無かった。
「おいっ!」
無言で荷造りをする私に痺れを切らした沖田が声を上げる。
間合いに入ってきそうな素振りを見せるが、やはり威嚇に足を止めた。
「何してんでィ」
「荷造り」
「出張か?」
「引っ越し」
「―――んなことさせるわけねェだろ」
ひゅっと風を切る音がしたかと思うと、腕の動きが封じられていた。
「いきなり、何考えてんでィ」
俄かに開いた瞳孔が本気の怒りと隠し切れない動揺を伝えてくる。
一瞬怯むが、負けない。
怒ってるのは私の方だ。
「何も。もうキミとはいたくない。それなら真選組に借りてる部屋から出てくのは当たり前だろ」
「だからなんでいきなりンな話になるんでィ」
本当に分からないらしい。
掴まれた両腕は振り解けない。
離れることが叶わないなら、と逆にぐっと顔を近づけその目を睨みつける。
「新しい彼女ほっといていいのかよ、ご主人様?」
◇◇◇
拘束が弛んだ隙に腕を取り戻す。
中断されていた作業はもう終盤にさしかかっていて、あとは口を閉めるだけ。
はみ出た布に少しだけ苦戦させられるが、大した時間もかからず荷物は完成した。
散らかった室内は信念、起つ鳥後をなんちゃら、に反するが仕方がない。
沖田かこんなに早く来るなんて想定外だった。
今日は非番ではないし、大体新しくできた彼女ほっぽって昔の女のところにくるなんて神経が信じられない。
(ていうか昔の女って何だよ。別に私総悟の彼女だとかそんな経歴ないし)
黙った沖田の方は見向きもせず今し方口を閉じた鞄を持ち上げる。
と、かくんと体が崩れる。
後ろを見遣ると何やら思案顔の沖田が肩掛けを掴んでいた。
「放せよ」
「まあ待ちなせィ。さっきから考えてんだけど全然心当たりがねェんでさァ」
「新しく無かったのか―――そりゃ悪かったな、今まで気付かなくって」
「だーかーらー、以外に女なんていないっつってんでィ」
「じゃあ、今日デートしてた子はなんなんだよ」
「デート・・・・・?」
本当に心当たりが無いという仕草が物凄く頭に来る。
「あ・ん・な、変態行為公共の場で晒しといて他人ですはありえねーだろ?」
「変態行為・・・・・・?」
「女の子に鎖かけて市中引き回すのを変態行為と言わずなんと呼べばいいんですか」
「女?鎖・・・・・・ああ、昼間のメス猫」
「はぁ!?猫ォオオ??人間だっただろ!」
ようやく私の言わんとするところへたどり着いた沖田は、いぶかしげだった顔を一変。
にやりと、それはそれは邪悪な微笑を浮かべた。
「うぎゃっ」
鞄を取り返そうと苦戦する腕を引かれ、畳の上に引き倒される。
短い距離に受身などとれず、畳でこすれた肌が痛む。
慌てて身を起こそうとするが、圧し掛かってきた沖田にそれもかなわない。
「どけよ」
「ヤキモチ?」
「〜〜〜〜〜っ、ちっげーよばか!他の女に触った手で触んな!」
じたばたと暴れるが全く相手にされない。
それどころか当たり前のように唇が、私のそれを狙って降りてくる。
当然顔を背けて避けると、自分の行為は棚に上げて至極不機嫌そうな顔を返してきた。
「あのなァ・・・・・・確かに首輪つけるときとか触ったかもしんねェけどありゃ不可抗力ですぜ。それに誓って唇は触れてやせん」
「そんなこと気にしてません」
「なら問題ねェな」
そう言って鼻先に一つ唇が落ちたのを皮切りに、頬に、瞼に、唇に、それこそ目を開けていられないほどキスが降ってくる。
「〜っ、ちょ、っと、やめっ―――くっそ、会話をしろ!」
「だって言い訳も聞いてくんねェから」
「・・・・・・聞くだけ聞いてやるからどけ。離せ。あっちいけ」
「いやでさァ」
倒された上半身の上に横から覆い被される。
足の間に入ってこないのは多少遠慮しているのか、ただの自信の表れか。
「旦那の頼みだったんでさァ」
他の女に触れたかもしれない手で前髪を避けられ、絶対に触れてないという唇がちゅっと音を立てて触れる。
「・・・・・・万事屋さん?」
「あの人には世話んなってっからなァ。断れねェだろ」
「んな殊勝な理由かよ。面白がってただけだろ」
「まあ確かに。あのメス猫面白ェくらい素質あってつい調子に乗っちまったのもある」
「・・・・・・変態」
「意外と役に立つって褒められやしたぜ?」
「あそこは万年財政危機なんだから邪魔すんなよ」
「だーかーらー・・・お前ェ俺の話聞いてる?」
「聞くだけ聞くって言っただろ。あたしはあんな目に遭いたくないしあんなことする人と一緒にいたくない。ついでに言えば女の子に優しくない人はイヤ」
「あのなァ・・・・・・」
呆れたようなため息が降ってくる。
呆れ果ててるのはこっちだ。
「俺ァには優しいつもりですがねィ」
「・・・・・・」
「あんな見知らぬ女とデートしろって言われても勝手わかんねェし」
「・・・・・・」
「これでも大事にしてるつもりなんですけどねィ」
「・・・・・・っ」
確かに。
散々ドSだ、サディスティク星の王子だと言われているが、私自身はそう感じたことは無い。
ただ、まあ、ちょっと手加減の仕方が甘くて大事にされてるかと言われると首を傾げざるをえないが。
「でもホントはああいうのが好きなんだろ」
「・・・・・・だァから・・・・・・わかってねェなァ」
心底呆れた様子にまた腹が立つ。
でも昼から引きずっていた荒れた気持ちは形を潜め、もはや言いくるめられる5秒前。
「とはあんなことしなくても十分楽しいんでィ。お前ェ調教しちまったら面白くねェだろ」
ああ、もう。
引っ越しは諦めるしかなさそうだ。
相変わらず、女の子に、というより大多数の他人に対する接し方に疑問は残るけど。
「・・・・・・サドのくせに」
最後の悪あがきは力無い反論。
一緒に漏れたため息から力が抜けたことを悟ってか、沖田の頬が緩む。
ここへ来て、今までどれだけ沖田は必死で取り繕っていたことが伺える。
そんなことに気付いてしまったから、ますます怒りなんて静まってしまった。
「と俺の間にSもMもねェだろ。俺ァのなら足の裏でもケツの穴でも舐めますぜ」
「心の底から遠慮します」