23.青い空、白い雲?
「、海行きやしょう!」
「・・・・・・何しに?」
「水着着て泳ぐに決まってるだろィ」
「えー・・・・・・」
海の季節。
だというのに海で何をするのかと、トンチンカンなことを聞いて来る彼女に半ば呆れながら返す。
「重点は水着だろ」
「解ってんなら話は早ェや。買いに行きやしょう」
「やだよ」
「・・・・・・心配しなくてもちゃんと女モン買ってあげますぜ?いくら俺でも彼女の乳衆目に晒す趣味はありやせん」
「当たり前だろ・・・・・・」
誰が男物の水着など着るものか。
が普段男物の着物を好むのは偏に動きやすいからだった。
忍者じゃないのに忍び装束というのも抵抗があるし、流行りの短い丈の着物など、ちょっと動けば下着が見えそうでいけない。
激しい動きに耐えられ、多少の汚れは気にならないものを追求した結果が今の格好だ。
また女物は小物にお金がかかる、など切実な理由もあるのだが。
とにかく、別に趣味で男装している訳ではない。
そんなことは重々承知の上、隙あらば女の格好をさせようとする沖田のよく分からない説得に頭を抱える。
「・・・・・・さては、カナヅチ?」
「海で泳いだことねーだけだよ!」
ずっと内陸で育ち、海水浴などという行楽になど出かける余裕など無かったは海は見たことはあれど入ったことはない。
「ならなおさらでさァ。人生何事もチャレンジですぜ」
そう言う沖田の顔は頬がひきつるほど輝いていた。
◇◇◇
「さて、どれがいいかねィ」
「・・・・・・何つーか・・・・・・いや、いいや」
「なんでィ。感じ悪ィなァ」
文句の一つも言いたくなるだろう。
沖田の非番に強制的に連れてこられた大江戸デパートの水着売り場。
世間は平日だとはいえ、若い女の子たちできゃぴきゃぴと賑わっている。
そんな中、沖田はもとより、まさかこんな所に連れてこられるとは思っていなかったはいつも通りの袴姿。
爽やかな外見だとはいえ、片方はさすがに女には見えない。
そして一瞬性別を迷わせる容姿。
そんな2人が決して険悪ではない雰囲気で女物の水着売場にいるのだ。
注目を集めない訳がなかった。
好奇の視線には居たたまれなくなる。
隣で平然としている沖田のことを蹴り倒したい衝動に駆られるが、それは何の解決にもならない。
「おっ、見なせィ。こんなんありやしたぜ」
「・・・・・・なんでそんなん一発で見つけてくんだよ」
いの一番に沖田が持ってきたのは水着というよりは何かの衣装のような、貝殻と腰みののセットだった。
見慣れない花の環も付いている。
明らかに泳ぐためではないそれは、水着が目的だとは言え、ちゃんと海で遊ぶつもりの沖田自身に却下される。
(なら初めっから持って来なきゃいいのに)
「やっぱ水着っつったらこんなんだよなァ」
言って手に取るのは所謂三角ビキニ。
「そんなグラビアみたいなのやだ」
「なんででィ。グラビアアイドルは冬でもこれ来て海行くくらいの人気商品だぜィ?」
「こんな布より紐の方が多いモノで外が歩けるか」
「さすがに布の方が多いだろ」
「それなら下着の方がまだマシだ」
「下着で外歩いたら公然猥褻ですぜ?」
なぜ普通の水着売場にあるのか疑問に思うようなモノばかり持ってくる沖田は無視してもふらふらと吊されている商品を見て歩く。
もう周囲の視線は気にしないことにした。
なんと思われていようと自分は女で、真にこの場で浮いているのは沖田だけだと自分に言い聞かす。
ふと目に止まったのは一見すると私服に見えるタンキニ。
(う〜ん・・・・・・やっぱこれ位が限界だよな。これでも普段に比べたら心許ないくらいだけど・・・・・・大体腕や足ならともかく腹むき出しなんてよくそんな無防備な格好するよな。自然の法則に反してるっつーの)
「んな色気のねェモン着てきたら刻んで真っ裸で曝すぜィ?」
「ひっ」
いつの間にか忍び寄ってきた沖田のどす黒い声を耳朶に受け、の全身に鳥肌が立つ。
毛穴と言う毛穴が身に迫る危機を訴えていた。
「・・・・・・彼女の乳曝す趣味はないっつってただろ」
「それとこれとは別でさァ。のビキニの為なら多少のことは我慢しやす」
「ビキニとかイヤなんですけど」
「ダメでさァ」
「腹むき出しとかないんですけど。てかやっぱ水着とか無理。考えれば考えるほど防御力が低すぎる」
「大丈夫。攻撃力は最強でィ」
「武器が隠せないのとか不安だし」
「女の武器は乳とケツと涙だろィ。ムキ出しで行きやしょう」
「そろそろ殴りかかってもいいかな?」
淡々と無為な口論を続ける間中、沖田は次々と水着を手にとっては戻すという作業を繰り返す。
温度差がゼロを挟んで対局にある様子のは3歩下がって冷めきった目でその様子を見ていた。
時々顔を思い出してでもいるのか、ちらっと振り向くが、それ以外はずっと形のいい後頭部を見つめたまま。
正直つまらない。
それでも辛抱して待つこと十数分。
「総悟ー、腹減ったー」
「まだ決まってねェだろ」
「もういいよ。あとはあたしが決めるから」
「イヤでィ」
「まあまあ、当日のお楽しみにすればいいだろ。キミの好みは大体分かった」
「・・・・・・ワンピースなんか選んできたら葉っぱ貼り付けて泳がすからな」
「はいはい」
◇◇◇
青い空。
キラキラと輝く水面に砕ける波しぶき。
白い砂浜。
そして彩り鮮やかなパラソル。
そのどれ一つとして、そこには無かった。
「・・・・・・いや、まあ・・・予想はできてたけどな」
どんよりと重く空を覆う灰色の雲。
それを反射した水面が青いはずもなく。
キラキラ彩りを添える太陽は顔を出してもいない。
辛うじて砕ける波は白いが、とても戯れて遊べるような威力ではない。
飲まれたら最後、そのまま海に喰われてしまいそうな。
つまり、一言で表現するなら、『台風接近中』
「お前ェ、海が怖くててるてる坊主逆さに吊してただろ」
「だれが怖がってんだよ。めっちゃ楽しみにしてたっての」
ひゅおっと暴力的な風が吹きぬけがてら、無数の砂粒を叩きつけてくる。
放置されていたパラソルが、今は閉まっている海の家の柱にぶつかり骨のひしゃげる音がした。
畳みかけるように雨粒まで落ちてきた。
の頭の中に、出掛けに見てきた天気図が浮かぶ。
ここは予報円の進路の上。
天気の回復は見込めない。
「つーことで帰ろう」
このままでは帰れなくなるかもしれない。
遊べない海に用はない。
動く様子のない沖田の袖を引くが、帰ってきたのはあきらめの悪い言葉。
「何行ってんでィ。せっかく来たのに」
「だってさすがに遊べねーだろ」
「大丈夫でさァ。ちょっと早ェけど宿行けば」
駅へ向かおうと袖を引いていた腕を逆に掴まれ、反対方向に見える宿泊施設へ引きずられる。
「・・・・・・泊まりだなんて聞いてねーんだけど」
「ぶっ倒れるまではしゃぎ尽くすつもりだったからねィ」
「ねィ―――じゃねーよ。もったいないからキャンセルして帰ればいいだろ」
「ダメでさァ。せっかく海に来たんでィ。このまま帰れるかよ」
「帰れるよ。てか海入れねーし」
「入れますぜ」
聞き分けのない沖田が、肩越しに振り返り不敵に笑う。
「本物は次回へ回して、今日はシーツの海で泳ぎやしょう」