24.永遠に片思い
真選組屯所内、一番隊隊長の私室。


昼間だと言うのに敷かれたままの布団。
横たわるのは部屋の主であり、サボりの常連である沖田総悟。
だが、今ばかりは咎める者はいなかった。

もっとも、常であっても咎めるものなど、副長土方くらいだが。
その副長も黙認している。
その理由は一目瞭然。

布団から覗く足を覆うギブスにあった。





換気のために開け放った障子から澄んだ青空が見える。

チャイナ娘に蹴られた脛は内部で綺麗に真っ二つになっていた。
額に強い衝撃を受けてからしばらく記憶が曖昧だったが、どうやら折れた足に不自然な力が加わったらしく診察した島麻は呆れかえっていた。
そんな足を抱えて、なお暴れ続けたことを伝えると、今度は全くの無言を突きつけられた。
一切口を開かずひたすら怒りの感情を向けられると言うのは中々恐ろしい体験だった。
自分の怪我を委ねている医者ならなおさら。


治療は的確だろう。
ロリコンの気があろうと、をその毒牙にかけようとした前科があろうと(と、沖田は信じている)彼の腕は確かだ。
安静にしていれば問題なく骨はくっつくとお墨付きはもらえた。

安静にしていろと言われるまでもない。
治療を終え、屯所に戻った沖田は、骨折の影響で高熱に倒れる羽目になった。







ぼんやりと沈んでは浮上する意識。
前に見たのは真っ暗な夜空だったはずだから、少なくとも半日は経っているだろう。
もしかしたら一日と半日かもしれないが。

いや、実際ははっきりと分かっている。
丸一日も眠り続けていたわけではない。
ただ、沖田はすぐそばにある現実から目をそらしているだけだった。
このまま意識がはっきりしてしまえば、酷い罵倒を受けることは免れない。
それはある程度予想できたいたことだし、自分はそれを受ける義務がある。
だがやはり気は進まないわけで、特に多少なりとも弱っているときにそれはやはり勘弁願いたいわけで、隣になじんだ気配を認めてからも狸寝入りを決め込んでいた。

そんな抵抗も、すんっと鼻をすする音が5回を超えた頃にはあっけなく崩れてしまった。


うっすらと開いていたまぶたをこじ開ける。
数時間、もしかしたら十数時間ぶりに開いた目は昼の明るさに馴染めずしぱしぱと痛む。
足とは違い自由になる手でこすりながら気配のほうに顔を向けると、枕の真横に正座する膝と硬く握られた両の拳が見えた。
一体いつからそこに座っていたのだろう。
熱があるのは振りでもなんでもない沖田にはその人物が部屋に訪れたときのことは分からなかった。






「なに泣いてんでィ」

「っ、なに、けが、してっ」


のこの性質を忘れていたわけではない。
自惚れや惚気では無く、彼女は病的なほど沖田の怪我に敏感だった。
怪我、特に刀傷は彼女の中では「死」に直結してしまうらしい。

自分の怪我には無頓着だと言うのに。

忘れていたわけではない。
だが初めの刀傷騒ぎ以来、療養を必要とするような怪我をしなかったこともあり、油断していたのも事実。


「ちょっと骨がぽきっとイっただけでィ。すぐくっつく」

「それは先生に聞いた」

「熱は骨折の所為ですぜ」

「そんなん知ってる」

「・・・・・・デコのはただの打撲だし、何も問題ねェ」

「分かってるっつってんだろ!」


横になった体勢から見上げる瞳の濡れ方から、5回やそこらじゃ利かないような気がしてきた。
一体いつから泣き続けていたのだろう。
下唇が白くなるほど噛み締め、時折頬をひくつかせ、ただ静かに涙だけが流れていた。

沖田はのこの泣き方が嫌いだった。
今一体彼女の心の中はどんな状態になってしまっているのだろう。
図太い自分の感性では、想像することも難しい。

嫌いだというのに、彼女はこんな泣き方しかしない。


「じゃあ、なんだってんでィ・・・・・・」


「どこで何したらそんな怪我すんだよ!なんでだよ!メガネの姉さんが誰と結婚しようがキミには関係ないだろ!?なのに、こんな、なんでっ」


柳生家とのやり取りはどうやら伝わっているらしかった。

の言うとおり、志村姉が誰と結婚しようが、それこそ女と結婚しようが沖田には何も関係は無い。

だけど大将が。

局長がゴリラと結婚してしまうかもしれない。
それも確かに一大事だったが、そんなことはどうでもいい。
だが近藤が動いたのだ。
それが1人の女性の、自分とは何も関係の無い女性の笑顔のためだけとはいえ、大将が動いたから。
大将が護るものを、一番隊隊長である自分が護らずどうして隊長が名乗れようか。

しかしそんなこと理屈が、彼女に通じるだろうか。


言葉を続けることが出来なくなったは、こみ上げてくるしゃっくりを抑え、乱暴に目元をぬぐっていた。


「・・・・・・悪ィ」

「大体っ、なんで剣術道場に殴りこんで骨折して帰ってくるんだよ!」

「刀傷よりマシだろーが」

「刀傷だったら許さねーよ!」

「もうすでに許してねーじゃねーかィ」

「もっと許さない。絶対、許さないから」


(あーあ、そんなに泣いて・・・・・・目ェ腫れんだろーが)





「おい、。ちょっと手ェ貸せ」


ぐしぐしと袖で涙を拭いているは、不満ひとつ漏らさず起き上がろうとする沖田に手を貸した。
怒っていても、取り乱していても、その原因になっている折れた足に負担をかけるような真似はしない。
正面から沖田の両脇に腕を差し、抱き起こす。
ぐっと近寄った肩口でまたぐすっと鼻をすする音がする。

鼻水つけるなよ、とは言えなかった。


起き上がってもすぐには離れていかない背中にそっと腕を回すと体に巻かれた腕に力がこめられた。


「あたし、怒ってるんだからな」

「・・・・・・ああ」

「たぶん、キミが思ってるよりずっと怒ってて、本当は張り倒して泣き喚いて走り去りたいくらいなんだからな」

「・・・・・・走り去るのは止めとけィ」


命にかかわるような怪我ではなくても、不安にさせてしまったのは事実。
しがみついてくる背を撫でる。


「ごめんな」


小さく、彼女にだけ聞こえる音で謝罪の言葉を漏らすと、覗いた耳がぴくんと動く。


「・・・・・・なに、が?」


負傷を謝っているのではないことをすぐさま察知した様子に、やっぱりだと不思議な安堵を感じた。
良くも悪くも彼女は察しがいい。


「約束、守れねェかも」

「・・・・・・どの?」

「お前ェを置いて死んだりしねェってヤツ」


ぎゅっとしがみつく力が増す。


「もちろん死ぬ気なんざ更々ねーけど、近藤さんのためなら死ぬかもしんねェ」

「っ」


小さく息を呑む音と共に、顔を押しつけられた沖田の肩がじんわりと暖かく湿っていく。


と真選組。
と近藤。

天秤に掛けて、どちらに傾くかは張本人である沖田にも予想できない。
背中に回した手が宙に浮く。

」と即答できない自分には、彼女に触れる資格なんか無い気がした。


「いいよ」

「え?」

「局長・・・・・・近藤さんが総悟の一番なんだろ」

「・・・・・・」

「近藤さんを選んだんだろ?」

「・・・・・・ああ」


あれほど泣いていたにも関わらず、涙を微塵も感じさせない固い声。
畳みかけられて否定する言葉を沖田は持っていなかった。
お前も同じくらい大切だ、なんて言葉を絶対に言えない空気に息が詰まる。


「じゃあ、仕方ねーよな」


ぽつりと呟いた言葉は、本当にに仕方がないことだと諦めきった響き。


・・・・・・」

「気にすんなよ。あたしだって師匠がいたら師匠が一番だ」

「・・・・・・」

「だから好きなだけ近藤さんを追えばいい」


欲しいもの全てを手に入れられると信じられるほど2人は無邪気な子供ではなかった。
最悪の事態はいつ訪れるか分からない。
取捨択一を常とするは哀しいほどそれを実行する。

自分が切り捨てられることも厭わない。


「その代わり近藤さんを裏切ったら殺してやる。近藤さんを選ばなかったら局長さんや副長さんが許してもあたしが絶対許さない」


至近距離で沖田を睨みつける瞳は涙に濡れきっていて、だけどきっとその時にはこんな風に泣きながら今の言葉を実行するだろうと確信させる強い光が宿っていた。


「心配しなくても、そんな日は絶対に来ねェ」


より近藤を取った時点でそれより大事なものがあるとは到底思えない。
万が一があるとしたなら、きっとそれは「」を選択した時。


至近距離にあった強張った表情は緩み、釣られてこちらまで泣きそうになるような笑顔が浮かぶ。
相反する二つの感情に曝され、反応が返せない。

戸惑っているうちに、近づいた唇は当然のように沖田のそれと重なる。
いつもにも増して唐突なからの口付けは、しかしいつも通り自分が満足するとさっさと離れていく。

沖田にとっては少し物足りない。




「いくらでも追いかけろよ。あたしはどこまでだって追いかけてやる」




涙の乾いた瞳の奥の色に、打ちのめされる。




譲れないものは少ない方だという自負がある。
その全てを手に入れたいなんて贅沢は言わない。
だからせめて。
自分を選んだら殺すと本気で口にしているこの少女だけは、特別に選ばせてくれと、祈ろうにも信じた神がいなかった。



後書戯言
ベクトルがすれ違う
08.08.10
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