拾ったガキを監禁している部屋に近づくと心地よい殺気が突き刺さる。
戦場で浴びるより高い純度のそれを発しているのが十を過ぎたばかりの子供だとはにわかには信じがたいが、それもあの女の秘蔵っ子だからと思うと納得がいった。
扉を開けると、必ず攻撃を仕掛けてくるそれをいつものごとく弾き返す。
しかしいつも以上に盛大に吹っ飛ぶと床に潰れたまま動かなくなった。
もう限界なのだろう。船に連れてきて以来、与えている食事に一切手を付けない。
荒く肩で息をする背中に歩み寄ると、ぴくりと起き上がるような気配を見せたが、それだけだった。
バカなガキだ。それともガキはバカなのか。
もはや力の入っていない体を持ち上げる。
眼力だけは鋭く、視線に攻撃力が無いのが残念なくらいだ。
「死ぬ気か?」
声を失ったのか、それとは反抗のつもりなのか、一切言葉を発しない。
「いいのか?俺は生きてるぜ?」
少なくともまだ感情は死んでいなかった。
その証拠に鋭いだけだった視線が微かに揺らぐ。
「このまま野垂れ死ねばあの女に会えるとでも思ってんのか?」
先日、俺が殺した女の話を振れば、揺らぎは確かな物になり、役立たずな唇が歪む。
「逝けるわけねーよなァ。斉賀公は地獄行きだ。お前みたいな人も殺したことの無いガキが同じ場所に逝けると思うなよ」
あの女の影響力は絶大だった。
ギリギリに張り詰めていた涙腺は一気に決壊し、脱力していた体が瞬時に力を取り戻したかと思うと、パンッと軽薄な音を立て閉じた扇を受け止める。
掴むのに苦心するような細い首を鷲掴み、壁に叩きつけと小さくくぐもったうめき声が漏れた。
そのまま首を掴んだ手に力を込めると抵抗のつもりか、ただの反射かゆるゆると小さな手が添えられる。
酸素が途絶え、血の巡りがせき止められた顔がみるみるうちに赤く膨れる。腕にピリッと痛みを感じて見やると顔とは反対に白く色を無くすほど力を込めた指先が爪を立て、じんわりと血が滲んでいた。
酸素を求めて喘ぐ口。
それはただ生存本能などではなく、俺を殺すためと明確な理由があっての行動だった。
まだ消えぬ殺意に笑いがこみ上げる。
首を絞める腕一本で支えていた体を投げ捨てる。
突然解放され押し寄せる酸素に襲われ、受け身をとり損ねた子供は床に転がったまま激しく咳き込む。
「そうさなァ。俺を殺せば少しは斉賀公に近付けるかもなァ」
「・・・っな」
聞き逃しそうな小さな声。
「お前なんかが、・・・っ師匠の名を、口にするな」
初めて向けられた言葉はなんとも生意気な台詞。
内に秘められる消えそうにない憎悪に今度こそ笑いが漏れた。