遮る物が何もない満月。
 煌々と照らす月明かりを浴びて小さな影が宙を舞う。

 晋助の連れてきた子供はといった。
 本人が名乗ったわけではないが、晋助がそう呼んだ途端盛大に顔をしかめ斬りか かっていたからきっと本名なのだろう。
 斉賀公の秘蔵っ子という評判は伊達ではなく、あの女と同じ武器を使い、よく似 た太刀筋を繰り出す。
 腕は悪くない。速さは申し分なく、攻撃は的確に急所を狙うが、いかんせん抑えきれない殺意が 攻撃を単調なものにしてしまい、圧倒的に軽い体重は晋助の獲物も抜かない反撃に呆気なく吹っ飛ばされる。
 この一方的な手合わせが始まってからその数はゆうに2桁に登る。
 これまで晋助は殴る蹴る投げ飛ばすはしても刀を抜いたことはなかった。


 だが満月の所為だろうか。
 いつも以上に速さで、狂気じみた殺気を発するに、遂に鈍く光る銀色が抜き放たれた。

 反射する月明かりを受けて、少女の唇がつり上がる。
 子供の表情にはありえない。
 奇妙な既視感を覚えた。
 後少しでその正体がわかりそうだと言うのに、呆気なく決まった勝負に思考を中断される。
 例によって地面に転がる幼い体に不似合いなほど振りかぶられる刀。

 やはり殺すのか。
 もともとなぜ晋助が彼女を生かしておくのか謎のまま。
 多少残念な気がするが、「らしさ」で言ったならこちらの方がずっと自然だ。



 予想はまたも裏切られる。



 振り下ろされた刀は彼女の耳から僅かにそれた甲板に吸い込まれた。


 晋助が何やら囁いている。
 内容は届かない。
 微かな空気の振動、息をのむ音、喉を振るわす笑い。

 晋助が身を起こしたと思えば、直後。
 脇腹から蹴り上げられた小さな体は地面に触れることなく手すりに叩きつけられた。



 生き延びた。



 気絶した少女の体を担ぎあげると予想通りの軽さに戸惑う。
 こんな体で、あの晋助から「生」を勝ち取ったのだ。
 例え与えられているだけだとしても。

 興味深い。

 久しぶりに見つけたいい暇潰しに頬が緩んだ。
後書戯言
毎話ずたぼろです。万斉もロリコンと言うかフェミニストと言うか「女の子」という生き物が好きそう。ヒロインへのベクトルは80%興味です。幼女(?)を生かして武市変態と絡ませたく思うも口調が大きく立ちはだかります。
08.08.06
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