06.廻る環と巡る環の輪舞
翌朝。
と言っても寝たのがすでに明け方だったから何時間も眠って無い。
ふと人の気配がして一気に覚醒する。
だがその姿を確認して、緊張を解いた。
隣りに敷いた布団にちんまりと納まっているのは1人の少女。
成人しているらしいが、どう見ても年下だ。
それが寝顔なら尚更。
偶然にも、こちらを向いたままの寝顔を観察する。
やや眉間にシワを寄せて眠る顔は幸せそうとは程遠い。
まあ、彼女の境遇からしてみたら仕方が無いだろう。
やや癖のある柔らかそうな黒髪が白い頬に落ちている。
「さん」
「さん、朝ですぜ」
控え目に呼び掛けるが、目を覚ます気配はゼロ。
昨日は遅かったし、きっと気も張り詰めていたのだろう。
無理やり起こすのは忍びない気がした。
俺はを起こさないよう、静かに着替え部屋を出た。
朝飯、取っといてやるべきかねィ。
***
朝、食堂に向かうと珍しくすでに総悟が食卓に着いていた。
いつも叩き起こすまで眠り続けるくせに。
珍しい事もあるものだ、と不思議に思いながら、いつも通りの朝食を取る。
下っ端の隊士が交替で作る飯はお世辞にも美味いとは言い難い。
野郎が作ったというだけで味が半減する気がする。
・・・・・・・・・・・・?
何か忘れている気がする。
「おい総悟」
「なんですかィ、土方さん。朝くらい素材の旨味を味わおうとは思わんのですかィ?」
「こうするのが一番素材の味が生きるんだよっ、て違ェよ。アイツは?」
「アイツ?」
「あの女は?」
昨日の不法侵入者の姿が見当たらない。
見張りを兼ねて保護した女は女中として雇ったはずだ。
「ああ、さんですかィ。彼女ならまだぐっすり夢の中ですぜ」
「おまっ、あの不審者を1人で放って置いているのか!?」
「そんな言い方、さんが可哀相でさァ。疲れてるんでしょう。寝かせてやりやしょうよ」
ここは仮にも真選組の屯所だ。
しかもあの女が寝ているのは隊長クラスの私室が連なる一画。
こいつの部屋はともかく、探りを入れれば色んな機密が転がっている。
「土方さんは疑り深くていけねーや。彼女は無害ですぜ?」
総悟は何を思っているのか、昨日から一番にあの女に理解を示した。
ホントに、何を考えているのやら。
「んなことわかんねーだろ」
***
「さん、朝ご飯どうする?」
沖田隊長の部屋の前、襖越しに声を掛ける。
反応は無い。
耳を澄ますと、微かに規則正しい寝息が聞こえて来た。
(まだ寝てるのか。どうしよう、もう食堂閉まっちゃうし)
食事当番は隊士が交替で担当している。
当然、ご飯時以外は通常業務に当たっているから、今を逃すと夜まで食べられないことになる。
昼はみんなバラバラだから、個人で勝手に調達している。
「何してんでィ。人の部屋の前で」
「っ!お、沖田さん。あの、さんのご飯どうします?」
突然声を掛けられ、飛び上がる。
気配を消して忍び寄った隊長の手には不格好なお握りが並んだお皿と急須があった。
「それは?」
「見りゃ分かるだろ。さんの朝飯でィ」
「まさか隊長が?」
「何か文句あるかィ?」
「い、いえ」
隊長自ら握ったらしいお握りは、定番の三角からは程遠い形をしている。
(これ食えるのか?)
「なんか失礼なこと考えてんだろ」
「まさかそんな滅相もない」
「ならとっとと散れ」
冷たくそう言うと、行儀悪く足で襖を開けて部屋に滑り込んだ。
ちらっと布団は見えたが、肝心のさんを目にすることは出来なかった。
「山崎、あの女から目を離すな」
そう副長から仰せつかったのはその直後の事だった。