17.悪いのは私?


真選組の人たちは本当に良くしてくれている。


ここに置いてくれると言ってくれた近藤さんはもちろん、何かと面倒を見てくれる山崎さんも、なぜかいっつも側にいてくれる総悟くんも。
他の隊士の皆も、こんな得体の知れない女にはもったいないくらい親切だ。
食事の用意はともかく配膳や、随所で力仕事が必要な家事なんかも非番だという人が手伝ってくれる。

でなければいきなり30人以上のおさんどんなんて出来るわけが無い。


真選組の人たちは本当に良くしてくれている。


でもどうしても苦手な人がいる。






「おい」

「ひゃっ、は、はい!――ぃっ!」


慌しい夕食が終わって、大量に出た食器を洗っている時、突然後ろから声を掛けられた。
驚いた拍子に持っていた包丁が指を掠める。


(うわーばかーまぬけー)


「おい、何やってんだ!?」


いつの間に近寄ったのか、横から伸びてきた手によって間抜けにも切ってしまった手を掴まれた。

声の主はここの副長、土方さん。
真選組の中で唯一、私が苦手な人――――――。


土方さん?

どうして気が付かなかった―――?


「あー、まあそんなに深くは無いな。もうここは良いからちょっと来い」

「え、でもまだ洗い物が」

「山崎ィ!厨房片付けておけ!」

「ぅええ!?」


有無を言わさない態度で私の腕を引き、鬼の副長さんはずかずかと廊下を進む。



***



連れて行かれた先は医務室と思われる部屋。
薄暗く、雑然と治療の道具が散らばった部屋に連れられ、一応診察スペースと思われるところに座らされる。


(汚いなー、薄暗いし。ってそうか、薬は直射日光に当たらない冷暗所に保存が基本だもんね。にしても汚いって。さすがに不衛生だよね。ここ掃除させてもらえないかなー)


「いいぞ」

「は?」

「は?―――だから、掃除。したきゃしろよ」

「・・・・・・・・・・・私、声に出してました?」

「ああ、それは癖なのか?」

「はい・・・・・・すみません」


私には変な癖がある・・・・・・らしい。

思っていることが自然と口から出てしまうのだ。
別に大したことは考えていないが、昔から考え込むと途中から内容が口から出ているらしい。

でもテスト中解答を口に出したとか、説教食らった時に悪態ついたとかいう話は聞かないから、それなりの自制は効いているらしい。


「ほら、出せよ」

「はい?」

「手。切ってんだろ」

「えっ!?あ、いや、こんなんかすり傷ですし、家事やってればこれくらい日常茶飯事ですしそんな副長さん御自ら手当てしていただくなんて勿体無さ過ぎて傷口から鮮血が噴出すというか」

「なにバカなこと言ってんだ?いいから出せ」


あああああもうっ!何で私の口はこうも奇妙奇天烈な言葉を発するのか。
我ながら不思議だ。

途中で痺れを切らした(この人は絶対短気だ)土方さんに強引に手を差し出させられる。

一応自分でも押さえていたが、圧迫止血の途中で止められ、切り口からじんわりと血が滲み始める。


(ううぅぅ、ジンジンする〜。心臓が痛い・・・・・・)


怪我は嫌い。
痛いのは嫌い。

好きな人がいたらその人はマゾだ。


手馴れた様子で土方さんは指の手当てを進める。

それはそうだろう。
普段彼らが扱っているのは真剣で。
当然怪我も刀傷が多いのだろう。


切り傷
刀傷




そう思った瞬間、全身が粟立った。
手当てを受けていた手も例外ではない。

当然その異変に気付いたのだろう、土方さんの目が光る。


「何だ、ずいぶんな態度じゃねーか」


瞳孔の開いた瞳で見据えられ、息が上がる。

これが殺気というものなのかもしれない。

治療の為に持たれていた手が、今は逃げられないよう関節を取るようにして掴まれている。

出口は私の後ろ。
でも逃げられない。

逃げる?

何から?


「お前、何者だ?どうみてもただの小娘の癖にその異常な反応の良さはなんだ?俺にだけ見せるその警戒はなんなんだ?」

「警・・・・・・戒?」

「一体何が目的だ?他のヤツ等はともかく、潜入しているなら誰よりも俺に対する態度は気をつけるべきだったな」

「せ、せんにゅう?」

「もうとぼけても無駄だ。女中としてはともかく、密偵として能力では三流以下だな」

「ちょ、ちょっと待ってください!潜入ってなんですか?しかも密偵って!」

「あん?まだとぼけてるのか?」

「とぼけてません!ただ―――」


私はおおいに焦った。

な、何を言っているのだろう?

警戒?
それはしているかも知れない。
だってこの人怖い・・・・・・。

潜入?
招き入れてくれたのは真選組のほうじゃないか。

密偵?
密偵って何?それは山崎さんでしょう?


私はただ――――――


「ただ、何だ?」


絶対に逃さないよう、手首を掴む手は緩まず、鋭い眼光が退路を絶つ。


後書戯言
彼の行く先が見えない。
07.01.19
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