18.種を明かせばなんて単純な
「ただ・・・・・・怖いんですっ」
夕食後、たまたま厨房を通りかかると、がこちらに背を向けて片付けに没頭していた。
「さん、足音だけで土方さんだって分かったみたいですぜ」
総悟の軽口が脳裏をよぎる。
それが本当なら大した者だ。
連日の不愉快な状況を打破したいのか、それともただのいたずら心か。
俺はゆっくりと洗い物を続ける背中に近づいていった。
―――おかしい。
昨日襖越しにすら気付いた彼女は、あと3歩進めば触れられる距離に来ても全く俺に気付いていない。
「おい」
「ひゃっ、は、はい!――ぃっ!」
足を止め、声をかけると、面白いように肩が跳ね上がったかと思えばその拍子に洗っていた包丁で手を傷つける。
なんて間抜けな。
呆然と固まるの手を取り、医務室へ連行する。
声をかけたときのは純粋に驚いたのだろう。
こうして近くで向かい合っていれば、他の隊士たちといる時と変わらず、何か妙な独り言は言っているし、彼女の中で階級意識が強いのか副長という理由だけで手当てを遠慮されたりする。
への不審は、本当に近藤さんや総悟の言うとおり俺の杞憂でしかないのかも知れないと思わせる程、彼女の様子は『普通』だった。
疑っていた自分がバカらしくなった時―――手当てをしていた手に緊張が走った。
白く滑らかだった肌にフツフツと鳥肌が立っている。
奥歯をかんでぐっと何かを堪える仕草に、妙に腹が立った。
「何だ、ずいぶんな態度じゃねーか」
もうがどこかの密偵だとか、巧く潜りこんだのでは無いかとか、そんなことはどうでも良い。
だがこの態度はいただけない。
俺に対してのみ取られるこの妙な態度の原因を、今日こそはっきりさせよう。
***
「ただ・・・・・・怖いんですっ」
畳み掛けるよう問い詰める台詞を遮ったくせに、の口を吐いて出た言葉はそんな稚拙な言葉で。
本人曰く成人した女の言い訳が「怖い」だと?
「お前、言い訳ならもう少し捻ったモノを使えよ」
「へ!?え、あ、いえ言い訳?じゃなくってですね。ホントあの・・・・・・ちょっと聞いてくれますか」
「おお、手打ちにする前に申し開きくらい聞いてやるよ」
この子供っぽい女の口から、一体どんな言い訳が出てくるのか楽しみで、わざと威圧的に言い、恐らく凶悪に見えるであろう笑みを浮かべてみる。
常に瞳孔が開いているともっぱら評判の目を、怯えて潤んだ瞳がまっすぐと見つめ返す。
こんな澄んだ目の刺客はいないだろう・・・・・・。
「あ、あの、手、離して下さい」
「お前の話が終わったらな」
「あのですね!別に土方さんが怖いわけではなくって・・・・・・いえ、怖いか怖くないかって言うと断然怖いんですが、そういうのじゃなくって・・・・・・あれ?と、とにかく――――――怖いんです」
「・・・・・・・・・・・で、結局何が怖いんだ?」
「っ!?あ、あれ?」
なんだか馬鹿らしくなってきて、掴んでいた手を離してやる。
自分の言葉に混乱しているは、眉を寄せて困ったようにこちらを見返してきた。
困っているのはこっちだ。
「要は、お前は俺が怖いんだろ。それ以上でもそれ以下でも無い。ま、そりゃ普通の反応だよな」
俺は自分で言っておきながら、純粋に俺個人が恐れられたと知って思った以上にショックを受けていた。
「ち、違います!そうじゃなくって――――――その・・・・・・刀がっ」
「は?」
「刀が、怖くって・・・・・・。私別に先端恐怖症とかそういうの無かったんですよ?包丁なら難なく扱えますし。あ、ちょっと失敗しましたが。でもなんかその、刀がホント怖いらしくって、あの、土方さんの仰る反応の良さって言うのも別に気配を感じてるとかそういう第六感的なのじゃなくって、ただあのチャキって音がするとホントもう心臓が止まりそうで・・・・・・なんか、ダメなんです」
「はあ?」
怖いって、俺じゃ無くて俺の刀が?
目つきが怖いとか、雰囲気が怖いとか、味覚が怖いとか、むしろ存在が怖いといわれた事はあっても「刀」限定で恐れられたのは初めてだ。
「音がするとって・・・・・・お前、俺の鍔鳴りだけ聞き分けてるのか?」
「つば?」
「あー、お前の言うチャキってやつだ」
「はい、まあ・・・・・・」
「すげーなそりゃ」
刀を見たことも無かった女(本人談)が、個人の鍔鳴りを聞き分けるなんて。
しかし、確かに。
今俺は帯刀していない。
だから声をかけるまで気がつかなかったし、普通に顔をあわせても話せたというわけか。
「・・・・・・あ、あの。ごめんなさい」
「ああ?」
「あの、ずっと私の所為で土方さんがピリピリしてたの知ってます。私がいるとこう神経が尖がるというか、なんか刺さってくるって言うか。私の態度がいけないって分かってるんですけどもうこればっかりは体が勝手に反応してしまってもう制御不能というか意識しないようにしても勝手に耳に入ってくるし目に入るしもうどうしようっていうか・・・・・・ホント、どうしましょう・・・・・・」
「はっ。―――はははっ」
本当に申し訳無さそうにしているに何だか全てがバカらしくなった。
「ちょ、何笑ってるんですか!?私はこれでも真剣に精神をすり減らして、いかに馴れようか考えてたのに―――」
「ああ、悪ィ。あれだ、刀っつっても抜かなきゃただの棒だし。お前なんか、抜くまでもねー」
怪我をしていない方の手を取り、肩を軽く押し、コテンとその場に転がす。
「へ、ちょっ」
「お?多少の護身術は身についてるみてーだな」
こんな女、抜刀するまでも無い。
少しからかってやろうとそのまま押さえつけようとすると、巧いこと力を逃がされる。
護身術の基本だ。
だが、それにも対処法というものがあるわけで。
結局この体勢に持ち込まれて、非力な女の腕で鍛えた男の腕から逃れられる事は出来ない。
「お前なんかに抜刀するまでもねー」
呆然と見上げてくる顎に手をかけ、上を向かせると白い喉が仰け反る。
「こんな細い首、片手といわず指二本で折れるぜ?」
殺す事は造作も無い、そういう意味合いの言葉に黒目がちな瞳に怯えが走る。
「だからもう俺の刀を怖がる必要はねーよ」
***
「―――っぷ、くっ、くくくっ」
緊迫した雰囲気をぶち壊したのは組み敷いたの笑い声。
「おい、何笑ってんだよ」
「い、いえ、ごめんなさい。ひ、土方さんってホントはいい人だったんですね」
「は?どこが?」
「―――いえ、まさかこんな風に慰めていただけるなんて思いませんでした。精々バカにされて、嫌なら近づくな位言われるか、もしくは土方さんのほうから避けられるかと」
「・・・・・・お前なぁ・・・・・・今のこの体勢の意味分かってるか?」
「・・・・・・!?―――これはマズイですね。間違いが起きる前に退いた方が懸命です」
「その発言はおかしいだろう」
くすくすと楽しそうに笑うにつられ笑いながら身を起こす。
ついでに手を貸してやると、起き上がりながら珍しそうに俺の顔を見つめた。
「なんだ?」
「あーいえ。土方さんって笑うと若返りますね」
「・・・・・・・・・・・」
「あ、老けた」
この女、やっぱり犯してやろうか。
呑気過ぎる態度にイラついていると、突如スピーカーを通した大声が廊下に響いた。
「皆ァ〜大ェ変でさ〜〜、土方さんがァ〜土方が乱心してさんを手篭めにィィイイイイ!!!もう俺1人じゃどうしようもねェよ〜〜〜」
声の主は言うまでも無く。
「総悟ーーーーっ、何言ってんだテメェ!しかもさり気なく呼び捨てにしただろ今!オイ!!」
襖を乱暴に開けると、そこには憎たらしく口の端をあげた総悟がスピーカーを持って立っていた。
おどけた態度でそれを投げ捨て走り出す総悟をすぐさま追いかける。
すると次々と廊下へ続く襖が開き隊士たちが出てくる。
「副長ォオオ!!!いくら副長でも許しませんよ!!」
「抜け駆けは禁止ッス副長!」
「ちゃんはみんなのもんです副長!!」
「死ね副長!」
「誰だ今死ねっていったヤツ!!」
「俺でさァ」
「テメェ総悟この野郎今日こそ切腹だァァア!!」