19.この世界でただ1人、あなただけは
どこから沸いて出たのか、大勢の隊士たちに追いかけられて土方さんはそのままどこかへ消えてしまった。
仕方なく1人部屋へ戻ると、なぜか追いかけっこの先頭で逃げていたはずの総悟くんが私の部屋の真ん中に座っていた。
明かりを点けていない部屋でひっそりと佇む姿は、座敷わらしか何かのようで、思わず息を呑む。
私が部屋に入っても無言のまま、無感情な目でこちらをずっと見ているだけ。
(・・・・・・な、なんでこんな機嫌悪いのー)
「お帰ェりなせー」
「あ、・・・・・・うん」
パチッと明かりをつける。
偶然にも、元いた世界の元いた家のものと同じ照明器具。
なんて酷い偶然。
部屋に明かりが灯ると、総悟くんの不機嫌さが一層際立ち声を掛けられない。
「危なかったですぜ?ヤツァとんでもねータラシでさァ。お嬢さんのようなお子様はコロッとやられちまわァ」
「はあ・・・・・・以後気をつけます」
お嬢さんとかお子様とか、なんか気に障る言葉満載だったけど、それを混ぜ返す雰囲気でもなかった。
とりあえず彼のことは置いておいて、部屋の隅に畳んであった布団を引っ張り、寝床を整える。
明日も朝は早い。
「ホント、わかってねェ」
「え―――きゃっ」
不機嫌な声がすぐ後ろで聞こえたかと思うと、天地が逆転した。
目に映るのは、まだ見慣れない天井と見慣れた照明。
そして淡い色の髪に嫌味なくらい整った顔。
「総悟くん、これは一体何の冗談?」
「男の前で寝床の準備たァ、こういうことじゃねェんですかィ?」
「飛躍しすぎです」
覆いかぶさる髪は光を浴びてキラキラしてるのに、その下の瞳は冷たく凍っていた。
この体勢から来るドキドキじゃなくて、もっとこう命の危機的なドキドキで、口から心臓が出てきそうだ。
「土方のヤローの時は抵抗しなかったじゃねーか。あのまま止めない方が良かった?」
「・・・・・・?何言ってるの?」
「和解ついでに体も分かり合おうってか?」
「ちょっと!誰もそんな事して無いし、そんな気も無い!どっから見てたか知らないけど、あれは悪ふざけみたいなものだったし、すぐに離れたじゃない!」
「悪ふざけでも!―――あっちはその気だったかも知れねェじゃねーか」
「はい?そんな事無いよ。私一応殺されかかったんだけど・・・・・・」
「は?」
冷たく、研ぎ澄まされていた空気が霧散する。
総悟くんは呆気に取られたように目を丸くすると、一瞬私を押さえつける力が抜けた。
その隙に素早く起き上がる。
再び不機嫌に戻った目が私を追うけど、今度はどこか拗ねたような子供らしい目。
「斬るまでも無く首へし折ってやるって言われたんだよ?あんまり怖くて笑えてきたよ・・・・・・」
物騒な台詞と共に首に添えられた指は、確かに頚動脈に添えられ、あと少し力を入れればポキっと行きそうだった。
私の刀への恐怖を取り除こうとしたのだろうけれど、あれはあれで本気だったに違いない。
あの時、思わず笑い出した時、もしあれが土方さんの気に触っていたら殺されていたかもしれない。
「・・・・・・ったく、ホントにわかってねェ」
「え?」
ぼそっと呟かれた言葉は良く聞こえなかった。
「あーアホらし。もう寝まさァ・・・・・・」
「はあ・・・・・・」
この人は一体どこまでマイペースなのだろう。
言葉の通り、さっきまでの状況をすっかり忘れたように立ち上がり、隣の部屋へと続く襖に手をかける。
「あ、そうだ」
「はい?」
そして振り向きざまに続ける。
「どうして俺のは平気なんですかィ?」
「え?」
「鍔鳴り」
「あ―――・・・・・・」
言われてみればその通りだ。
初めてここに来たとき、廊下で刀を突きつけてきたのは土方さんだけじゃない。
この妙に懐いてくれている少年だって、彼に負けずとも劣らない殺気をぶつけて来たはずだ。
それなのに、彼の鍔音には反応しない。
総悟くんが帯刀していても、目の前で刀に手をかけても怖くない。
「平気だよ」
「へー、そりゃまた何で?」
キラキラと期待の滲む視線を向けられる。
なんて可愛らしいのだろう、この子は。
表情は飄々としていても、目が、それを補ってしまっている。
「平気だよ。総悟くんは恩人だから。キミが気付いてくれなかったら私はここにいられなかった」
最初に私も分かっていなかった事情に気付いてくれた人。
誰よりも早く私の言い分を信じてくれた人。
だから全然怖くない。