23.異世界の象徴と異分子な私
寝たんだか寝てないんだか分からないような夜を越し、空が明らむ前、鳥の声に促され重い体に叱咤して仕事に取りかかる。
意図的に頭を空にしていた所為か、魚を2尾焦がし、お味噌汁を吹きこぼし、キュウリのぬか漬けを丸々一本落とした。
それでもなんとか取り繕って配膳に片付けを済ませたが、夕飯の仕込みをする元気はなくてフラフラと部屋へ下がる。






帰り道、朝から妙に迫力のある声に呼び止められた。
振り向くまでもなく、ここで私を名字で呼び捨てるのは一人を除いていない。
だがまさかここの副長相手に背を向けたままでいるわけにはいかず疲れた表情を引っ込めて振り向く。


「はい、何でしょう?」

「お前今日休みな」

「・・・・・・は?」

「だから、今日1日休みやるって行ってんだよ」

「・・・・・・もっと早く言って下さいよ」


朝が一番辛いのに。


「贅沢言うんじゃねーよ。適当に町でもってぶらついて来い」


ぶらついて来いと言われても、土地勘もなければ気力もない。
突然降って来た休みに、喜びよりも戸惑いが先立つ。


さん、聞きやしたぜ〜俺も今日オフなんでさァ。町案内してあげやすからデートしやしょう」


なぜか堂々と人の部屋の真ん中に陣取る総悟くんの台詞に、仕組まれたことを悟った。







***







「どこか行きたいところありやすか?」


出かける気なんて毛頭なく、読みかけの本の柱に伸ばした手を止められる。
そんなに強く掴んでいない様子なのに引くことも押すことも出来ない。


「今日は読書はお休みでさァ」


ならばとパソコンの方を見やると視界が暗くなる。
じんわりと暖かい手に目隠しされたようだ。


「たまには外の空気吸わねェと、体が黴びてきますぜ?」


やはりというか。
昨日のことがかなり効いているのだろう。
突然休みを言い渡されたことから土方さんにも伝わっているとみていいだろう。
近藤さんはどうだろうか?
総悟くんもお休みだなんて出来過ぎた。


「・・・・・・心配かけて、ごめんなさい」

「そう思うんなら出かけたいトコ言いなせィ」


いきなり行きたいところと言われても。
昨日とうとう胃が限界を訴えていたにもかかわらず私はまだ懲りていなかった。
後悔すると分かっているのに、何を期待しているのかそれすらも分からないまま惰性で書物を漁り落胆する。

行きたい所といわれても観光地なんて知らないし、それ以前にそんな気分じゃない。

しかし今日は一日総悟くんに見張られるのだろう。

目隠しをする手の下で目を閉じる。
二重に閉ざされた暗闇に、今日は寝て過ごそうかと誘惑が首をもたげるがきっと夢見が悪くて後悔するだろう。


「―――ターミナル」

「え?」

「ターミナル行ってみたい」

「・・・・・・んじゃ、車回しまさァ」


唐突に浮かんだ行き先に、総悟くんはやや不満そうに、だけど頷いてくれた。








***







「こんなトコ何が面白いんでィ」


パトカーを飛ばして連れてきてもらったターミナル。
ここまでの道のりはまた奇怪なもので、下町の風景から一変東京都心のオフィス街のような街並に、一瞬元の世界に戻ったような気さえした。

もっとも、それは一瞬で。

乗っているパトカーは元の世界のソレと比べたらゴテゴテと悪趣味な装飾をされているし(一瞬霊柩車かと思った)、隣で運転する総悟くんは袴姿だし、道行く人々も相変わらず首から上が人外だったり、ヒトの形をした人も近代的なビルとミスマッチな着物姿をしていた。

そんな道を通ってやってきた、大きな塔のような建物。
宇宙船を離着陸させるにはあまりに狭すぎる気がする。
船には飛行機のように長い滑走路が必要ないからだろうか。


「まあ、面白いかな」


ターミナル。
天人と並んで、異世界の象徴だろう。
そういえばそんなタイトルの映画があったけ。
見たいなと思いつつ、予定が合わなくてまだ見ていなかったけど。


私は本来ならターミナルの主人公のようにゲートの中で働きながらビザが下りるのを待たなきゃいけない身だったのではないだろうか。

いや、密入国者だから即拘束かな。


そもそも国というか星というか世界が違うから・・・・・・。




私は「何者」になるのだろう?

後書戯言
まだなんか悩んでます。
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