25.「私」という方程式
さんは、―――成人してるって言う癖に見た目は俺と変わんねェくらいで、腕とか足とかウソみたいに細ェくせに柔らかそうで、中身は大人っぽいようで実は子供で、笑顔作んのは上手ェくせに自分誤魔化すのは下手な人、でさァ」


矢継ぎ早に下された評価に、今度は私が瞬く番だった。


   なんかバカにされた気がする。




言い当てられたのが悔しくて?いや、嬉しくて?なんだかよく分からない感情が涙と一緒に溢れてきた。
信じられないくらいボロボロ流れる涙は体の中の水分と一緒に、自制心まで奪っていく。


「わ、たし・・・・・・わかんなくて。違う世界とか、意味わかんなっ――っ、同じだけど、全然違くて、違うくせに全く一緒で・・・・・・も、意味わかんないっ」


わかんないと繰り返されて、それこそ訳が分からないだろうに。
だけど総悟くんは、困った様子も焦った様子も無くただ手にした缶をクルクルと回して弄ぶだけ。


「私のいた場所は絶対ここじゃない。なら私の世界はどこ?家族は?急にいなくなってきっとすごく心配してる。お母さんなんか倒れてるかも。なんで私がっ」


一度外れた箍は戻らない。

グチャグチャの泣き顔と、キリキリ痛む喉とは裏腹に、頭は冷静に自分を責める。


私は誰に食いついてる?
八つ当たりにしても相手を間違えてる。


総悟くんは恩人なのに――――――













「やっと泣いた」

「?」

さん、いつもどんな顔してるか知ってやすか?泣きたいけど泣けない、泣いちゃいけねェって顔してたんですぜ」

「そんなこと」

「ま、人前では上手く隠してたみてェだけど、俺の目は誤魔化せねェ」


上手く隠せてたと思ってた。
作り笑顔には自信があったし、仕事に没頭していれば余計なことは考えずにすんでいたから。
だけど仕事に関係ないところでも側にいた総悟くんにはバレバレだったらしい。
変なアイマスクして寝てるだけに見えたのに。


「・・・・・・不安、なの」


泣きすぎて頭にぼんやり靄がかかったみたいで、自分が何をしゃべろうとしているのかも分からない。


「元の世界での私はどうなってるんだろう。このまま帰れなくて、一生失踪者扱いになってみんないつか帰る日を信じて待っててくれるのか。そんな負担かけたくない。でも、私、なんて存在初めからなかったように私が消えてたら、帰るとこが無くなってたら。私を知る人なんて一人もいない、戸籍も何も私を証明してくれるものが何もない世界で私はどうやって、自分を認めたらいいの?」


いてもいなくても同じならいなくて良い。
いなくなって何も影響が無いなら初めからいないも同じだ。

これまで出会ってきた人たちと、いくらかの友人と、家族と。
私という存在を象ってくれていた人たちがなくなるのがこんなに不安だなんて。
普通に生活していればパスポートの更新くらいにしか使わない戸籍だってそれが無いなんて今まで考えたことなかった。


「・・・・・・」


涙はもう止まっていた。
ずっと胸に秘めていた不安を口にすると自分がそれこそ幽霊か透明人間にでもなったようで、泣く資格すら無いような気になってくる。



「・・・・・・俺ァやっぱ頭空みてェだ。さんが言ってることの半分もわかんねェ」



ずっと黙って聞いていてくれた総悟くんが困ったようにポリポリとこめかみを掻く。


「んな難しいこと考えたことなかったからなァ」

「私だって、こんなことにならなきゃ考えないよ」

さんは考えすぎでさァ。戸籍とか家族とかはどうしてやることもできやせん。あ、いや戸籍ならなんとか・・・いやそんな問題じゃねェのか?・・・・・・まあいいや」


考えたって仕方がない、難しすぎる命題に頭を捻りながら、涙に濡れた手を取られる。


の存在なら俺たちが証明でさァ」


指先をなぞってきた手がきゅっと握られた。


「俺たちじゃ足りやせんか?」

「・・・・・・どうして、私を認められるの?」


「ここにいるから」


力強い気休めに、再び涙が溢れる。


「真選組は馬鹿な連中ばっかだけど、美味い飯作ってくれる人を忘れるほどアホじゃァありません」


なんで優しくしてくれるかわからなかった。

なんで声をかけてくれるの。
なんで手を貸してくれるの。


「もっと気楽に楽しむべきでさァ。難しいこと考えたってアンタは今ここにいて、こうして触れられる」


万の言葉より、唯1つ。
指先から伝わる暖かさを中心に、少しずつ曖昧だった存在感に実体が伴ってくる。

問題は何も解決していない。
相変わらず私は誰も私を知る人間のいない世界で、不確かな私という存在を証明し続けなければならない。

だけど、そんな私を見る灰褐色の目はまっすぐで。
私という存在を少しも疑っていない瞳に免じて、少しだけ私も信じてみようという気になった。



後書戯言
なんかもうすみません。
07.10.20
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