26.ブラウン管の向こう側
私がこの世界に来て以来、初めての大がかりな捕り物が行われた日、幾人かの見張りを残して隊士のみんなは出かけてしまった。
いつになく静かな屯所に違和感を覚えながらも、余計な用事を言いつけられ無いお陰でいつもより早く仕事が終わってしまった。
『こちら』の情報を集めようと躍起になっていた衝動は収まり、体調も大分戻っていた。
これも偏にあの年若い隊長さんのお陰だ。
ボロボロと子供のように泣いてしまったあの日以来、12時になると同時に強制的にパソコンのコンセントを引っこ抜かれるのは日課になってしまった。
それならばと書物を開けば自分の布団を引っ張ってきて、添い寝してやると言って聞かない。
押し負けて一緒に寝た回数はすでに両手に余る。
傍若無人な少年の行動に救われたのは紛れもない事実なのだが。
(いくらなんでも良い大人が毎日12時前に寝かされてるのはなぁ)
自室の床にに寝転がり、もとの世界にいた時とは大違いだとすっかり様変わりしてしまった日常を思っていると、慌ただしい足音が駆け込んできた。
まだ帰還には早いはずだが思ったよりスムーズに仕事が済んだのだろうか?
慌てた足音が気になるが、やはり出迎えなどしなくてはいけない気がしてまだ少し重い体を持ち上げる。
もしかしたらもとからこんな物だったかもしれない。
聞きなれた怒声が聞こえたのはその直後だった。
◇◇◇
「副長、総悟くん、お帰りなさい」
共用の娯楽室、と言っても大き目のテーブルにテレビがあるだけの部屋に二人を見つけた。
すっかりくつろぎモードな2人にお茶を淹れながら、やはり2人以外の気配が無いことに気付く。
「局長は?」
「まだ現場じゃねーか?」
「お二人は帰って来て良かったんですか?」
決して賢いとは言えない近藤局長ひとりで大丈夫なのだろうかと我ながら失礼極まりない事を考えてしまう。
「ドラマの再放送が見たかったんだ」
前言撤回。
この副長さんが役に立つとも思えない。
どれだけ再放送にかけてるんだ。
真面目な学生をやっていた私は再放送の時間にテレビの前にいられたこと自体少ない。
「それで、間にあったんですか?」
どうもテレビに熱中している様子のない二人を疑問に思うと、無言で湯呑みを持ち上げた土方さんは、くいっと顎でテレビを指した。
なるほど。
ふてくされた様子の総悟くんが目に入り、その向こうに慌ただしい様子の報道特番が映っていた。
ふたつ縛りの可愛らしいキャスターが実況する後ろで見覚えのある、というか毎日見ている黒ずくめの人物たちが忙しなく動き回っている。
言うまでもなく真選組の皆さんで。
画面右上には生中継の文字。
「・・・・・・ホントに帰ってきて良かったんですか?」
「いいんでさァ。一番隊は斬り込み専門ですからねィ。事後処理なんかいたって
やることねェんでィ」
それならなんで他の一番隊の隊士はいないんだろうとか、隊長はともかく副長はマズいんじゃないだろうかとか、浮かんだ疑問は飲み込んだ。
「爆弾テロですか・・・・・・そういえばちょっと火薬臭いかも」
「どんだけ敏感なんだお前」
「物騒ですねぇ」
「さんが平和ボケなんでさァ」
「はあ・・・・・・」
そんな事ないと思うけどなぁ。
まあ刀常備な人たちから見たら平和ボケなのかも知れない。
元の世界の都心にあっても遜色ないビルの窓ガラスが砕け散り、もくもくと煙をあげるという非日常的な光景に思わず目を奪われ食い入るように画面を見つめる。
全く馴染みの無い場所だからだろうか。
怖いとか、切羽詰った感じはせず、かといって映画を見ている様というにはドラマ性に欠ける光景だった。
やがて画面が切り替わり、スタジオが映され、なんだか見覚えのあるガタイの良い司会者が引き継いだ。
事前に手配していたため死傷者はおらず、主犯は取り逃がした物のそこは評価できるとか何とか。
主犯を逃がした?
それこそ、ドラマの再放送なんか見ている場合じゃないのでは無いだろうか。
物知り顔で交わされる批評を聞くともなしに聞いていると、キャスターのバックに取り逃がした主犯格の写真が映された。
20後半だろうか。
落ち着いた整った顔立ち。
手配写真では長さが確認しきれない程の黒髪はまっすぐで羨ましいくらい。
つまり―――
「うわ・・・かっこいい」