29.思い出はいつだって心の中に
持って生まれた性格が、家が道場だった所為か、物心ついたころには、オトコのコは倒す相手で、決して憧れやましてや恋の対象でなどありえなかった。
別に武道が好きだったわけではない。
ただ代々続く道場に生まれてしまった以上、ある程度扱えなくてはならないだろう。
そんな程度の取り組みだった。
思春期ごろまでは女の子の発育の方がよく、そんな中でも私は精神的にかなり早熟だったと思う。
自我が芽生えた頃にはさっさと一人前扱いしてしまう家の教育方針の賜物だろう。
勉強は特に好きだったわけではないけれど、なぜか苦労することはなかった。
そんな、自分で思い返してみてもかわいげのない子供がましてや他人に好かれるわけもなく。
そして性質の悪いことに、私は高校に上がるまで本当に負け無しだった。
そりゃ、師範師範代クラスやその道ん十年のベテランにはコロコロ投げられていたけれど。
それでも私は確信している。
私が強いんじゃない。周りが弱すぎたのだと。
そんな私が初めて負けたのは高校に上がり、文化祭が近づいていた頃だったと思う。
あの頃は既に学校生活に、いや、人生そのものに見切りを付け引きこもり街道へ片足を突っ込んだ頃だった。
部屋からほとんど出ず、当然道場にも全く顔を出さなかった私を祖父は無理やり連れ出し、道場の古株と対決させた。
結果は惨敗。
鈍りに鈍っていても、反射的に取った受け身に我ながら感心してしまった。
喜ぶ相手に念願かなって良かったね、と笑顔を向けると、ひどく不快感を煽ってしまったようだった。
他意は無かったのだけど。
いや、多少あったかもしれない。
負けた悔しさより、私ごとき倒すのに十年もかかった男の不甲斐なさにうんざりしていた。
それをきっかけに、私の中の世界への興味は加速度的に冷めていった。
そして自我を尊重する教育方針はここでも例外なく発揮された。
是非をとやかくいう立場にはないが、それでも私には辛い仕打ちだったようだ。
興味の失せた世界から、こっちだってお前なんかに興味は無いと宣告されたような気分。
そんな私でも、たった1人だけ恋人と呼べる人物がいた。
勝手に私の世界に入り込み、めちゃめちゃに引っ掻き回した挙げ句、そこから私を連れ出してくれた。
オトコのコを好きになるなんて、自分でも信じられなかったけど、きっと私は彼がオンナのコでも同じように受け入れていただろう。
一杯わがままを言ったし、言われもした。
泣かされた回数だって数え切れないというのに、それでも私は久しぶりに生きている感覚を取り戻していた。
だけどそんな彼とも長くは続かなかった。
すでに理由はなんだったかわからない。
ただ、小さな歪みが重なり合って、最後には割れてしまったのだ。
自然消滅と言っても良いだろう。
卒業以来、会うことはなかったけれど。
彼が解消してくれた引きこもりはさっぱりなりを潜め、彼のいない大学にだってちゃんと通って就職まで決めた。
こんな所に来てしまい、不意になってしまった可能性は大だけど。
もともと好いた惚れたの話に興味はない。
友人のノロケ話につき合うのは全く苦ではなかったが、自分とソレが結びつかない。
だから今日、しつこいくらいに問いただされて、ようやく思い出した。
今まで気づかなかったのが嘘みたいだ。
『彼』と総悟くんが驚くほど似ているということを。