30.口をつくのはいつだって真実だけ
まあ、思い返してみればなんてことはない。
理由は2つ。
ひとつ目は、『彼』のことは鮮やかな青春の1ページとして昇華してしまっていたこと。
そしてふたつ目は、私自身こんな男ばかりの集団で好いた惚れたと浮つくことの危険性を本能的に察知していたこと。
平気で深夜に女の子の部屋に入り込んだり、医務室で押し倒してきたりする人間のいるところで一体誰が色恋にうつつを抜かせるというのだ。
「――――――と、思うんですけどそこんとこどう思います?」
「何がですかィ?」
もう1つ、この『沖田総悟』と『彼』が結びつかなかったわけ。
確かに彼は決して頭は良くなかったけど。
むしろ空っぽな部類だったけれども。
夜、人の部屋に押し掛けてひたすら指名手配犯の罪状を読み上げるようなアホではなかった。
「何してんですか」
「聞いてわかりやせん?」
「こちらの『江戸』がひどく物騒だというのは分かりました」
「俺が言いてェのはそこじゃありやせん」
そんなことは知ったことではない。
頑な保つ堅い口調に、なんでんな敬語使うんでィと小さく聞こえたが無視しておいた。
「桂なんか止めておきなせィ」
「やめるも何もそんな気そもそもありません。あなたたちだってテレビにかわいい子が映ってたらそんな話するでしょう」
「俺ァ自分以外の人間はゴリラかじゃがいもに見えてるんでねィ。カワイイじゃがいもなんてピンと来ねぇや」
「眼科行けよ」
言外にじゃがいも呼ばわりされたのだろうか?
昼間からしつこく続く浮ついた話題に決していい気分はしない。
「ったく・・・・・・なんだってのよ」
「あんた気づいてなかったんですかィ?」
「なにが?」
「こんだけ男ばっかりに囲まれて、あんたが野郎を格好いいなんて言ったのあれが初めてなんですぜ?近藤さんはゴリラだからまあ良いとして、俺やムカつくが一般的にはモテるらしい土方のあんちくしょーはなんとも思わないのにあんな犯罪者に見惚れるたァ一体どういう了見でィ」
話しているうちに、ヒートアップしたのだろうか。
淡々とした早口にちょっと圧倒される。
いくら私が色恋に興味がなくて疎くても、これはさすがにわかる。
早い話が、ヤキモチ――――――?
そもそも彼らを異性として意識していなかったけど、言われてみれば確かに。
土方さんは若干目がマヨネーズ発射の後遺症を受けているけどそれを除けばかなりの美形だ。
なんてったって強いし。
怖いけど。
ついでに味覚も怖い。
近藤さんもゴリラというには人間っぽいと思うんだけどな。
ゴリラかぁ。
ゴリラをゴリラたらしめているのは顔じゃなくてあの肌の色と姿勢だと思うんだよな。
あのゴツい上腕二等筋とか、首の上に乗り切らず前のめりになってる頭とか。
ムサいけど友達にああいう顔が好きな人いたな。
私は好みじゃないけど。
総悟くんはなぁ・・・・・・
この子は、男だ女だと意識するまでもなく、間違いなく綺麗な顔立ちをしている。
これで無駄に笑顔を振りまいたり、自分の意思で涙を流せたり、歌って踊れたりしたら芸能界デビューも夢ではないだろう。
小柄に見えて実は副長よりちょっと小さいくらいだし、年齢を考えたら将来は副長より大きくなるかもしれない。あのニコ中の成長はもう打ち止めだろうし。でも私の好みである没個性からはかけ離れている。180度逆だと言ってもいい。30人からなる隊士にまぎれても一目で目に付くほど群を抜いた容姿をしているし、性格だってあっさりとか粘着質とか以前に分類不能。ネコ系イヌ系かと考えること自体犬猫に失礼ってものでしょう。
「・・・・・・おーい、さん?」
ていうかそれを差し引いても、総悟くん年下だしなぁ。しかも弟と同い年じゃなかったっけ?さすがにそれは・・・・・・別に犯罪的な年齢差ではないんだけど、考えられないわー。だってアイツとタメって・・・・・・それにしては大分大人びてるけど。ちょっと下に見られてるくらいだけど。やっぱり働くってすごいよね。この年でもう隊長さんなんだから。18のころなんて私バイトもしたこと無かったよ。
「さーん?」
「総悟くんって、いつから隊長さんなんですか?」
「は?いきなり何ですかィ?ていうか、思考ただ漏れでしたよ」
「まじでか。またやっちゃった・・・・・・ま、いっか。それより総悟くん、いきなり隊長ってことは無いかなと思って。やっぱりキャリアとか必要でしょ?」
とうとう私の悪い癖は発動していたらしい。
碌な思考ではなかったが一体いつから漏れていたのか。
気にならないではないが、今はそれよりも興味深いコトを見つけてしまった。
「年下は好みじゃねェってのか?年齢だけで人を見るなんてちょっと失礼なんじゃねェですかィ?ちなみに俺は最初っから隊長でしたぜィ」
「別に年齢で切ってる訳じゃないけど、年下を好きになったことはないよ。って、最初っから隊長!?すごいね!部下みんな年上じゃん!」
「そんな過去のガキが外れだったからって、人のことまで眼中の外に置かねェで欲しいや。ここは完璧実力社会だからねィ。俺より強ェヤツがいないんだから俺が隊長で問題ねェだろ」
「―――――すごーい・・・・・・」
ちょっと本気ですごいと思ってしまった。
年齢なんて本気で無視する真選組の実力社会にも、その重圧をものともしない総悟くんの自信に溢れた態度を――――――
「すごいね、かっこいい」
思わずつぶやくと、総悟くんはひどく驚いた顔をしたかと思うと、目を泳がせぽりぽりとコメカミを掻いた。
◇◇◇
「、お前まさか山崎に惚れてるのか?」
「はあ!?・・・・・・またその話ですか」
「!?ってことは本当なのか!?」
「何がですか」
「だから、桂じゃなくて山崎に惚れてるってのは本当か?」
「どうしてそういう話になってるんだか知りませんが、ここ2、3日の騒動で私が山崎さんの名前を出したことは一度たりともありません」
「だが『可もなく不可もなく、良すぎず醜すぎない顔に中肉中背』なんて地味の代名詞山崎以外いねーだろーが」
「あなた自分の部下になんて言い草ですか・・・・・・ていうかどうして私が言った一言一句が伝わってるんですか。ああ山崎さんですか。ていうことは山崎さんが突然あんなこと聞き始めたのは副長の差し金?マジいい加減にしろよ?」
「おい、なんか素に戻ってんぞ―――いいか、山崎は一見害のなさそうに見えるかも知れねーがアイツは監察だ。お前がここに来て寝こけている間中ずっと粘着質な視線で舐めるように見張ってたり、世間話の振りしてこっそりお前の好きなタイプ探ったりそれはもう陰湿で悪質な性質「ちょっと副長ォォオオオオ!!!あんた何あること無いこと吹き込んでんですか!どっちも命令したのはあんた等じゃないですかァァアアア!!!!」
「へえ・・・・・・ストーカー」
「ひっ!ち、違うからね、ちゃん!確かに見張ってはいたけど決して粘着質な視線で舐め回すように視姦してなんかないから!」
「山崎さん、墓穴って言葉知ってますか」